第1話 さよなら故郷、さよなら思い出。

朝起きて学校へ行き、帰ってきて寝る。なんの楽しみもない人生。人は娯楽を求める生き物だ。それが我が身を滅ぼそうと知っていながらそれを追い求めるものがいる中で彼女は違った。正確には…彼女はひとつの事にしか興味を持たない。それが「旅」だ。

-12年前-

「ほら岬、青森入ったわよ起きなさいな。」

母親に声をかけられ眠い目を擦り車の外を見る。そこには見たこともないような綺麗な雪化粧された風景が見えた。

「宮城じゃこんなに雪見れないや…すごい」

「だから言ったでしょ!お母さんとお父さんに着いてくれば毎回こんなに綺麗な景色見れるんだよ!」

岬の父と母は大の旅行好きだ。母は観光会社、父は風景写真かとして働いているだけあって確かにこの2人に着いてくればこんな景色が毎回見れるのだろう。だが岬は毎回ゲームのために旅行への同行は断固拒否。「全く…旅行の何がいいんだか。ゲームの中ならいくらでも旅行できますぅ。ねー!のり!」

「にゃ〜ぁ」

といった感じのことを毎回言ってまたゲームの画面へとにへ視線を戻す。親も親で子を家に置きっぱで3日分の食費だけ置いて旅行へ行ってしまうのだ。だがそれは彼女にとっては好都合だった。何かと口うるさい両親もおらず、3日間好きな物だけ食べて生活できるのだから。だが今回は違った。親としては自分たちだけ楽しい思いをするのはやはり気が引けたようで無理やり岬を連れて青森へ向かってしまったのだ。

「やだよぉ。のりと家でごろごろしてたいんだもん!」

「そんなこと言うなよな〜旅行は楽しいぞぉのりがいなくて寂しいならパパがのりの代わりになってあげるにゃ」

普段静かで真面目な仕事人間の父も旅行となるとやけにテンションが高い。普段とのギャップが凄すぎるのだ。旅行に行きたくないのはこの父のテンションが原因でもあったりしなくもない。

「そうよ岬!いっぱい美味しい物食べて色んな景色が見れるのが旅行なの!今回は家族みんな揃ってるんだから楽しみましょうよ!」

母はそういうがやはり乗り気にはなれない。

なぜならのりがいないから。

「のりがいなきゃ家族全員じゃないもん!」

「確かにそうだにゃぁ来月の旅行は3人と1匹の今度こそ家族全員の旅行に行こうにゃ!」

そのテンションは相変わらずウザイがノリが一緒ならその旅行もゲームと同じくらい楽しいのかもしれない。

その後は青森の冬と言ったらということで弘前城雪燈籠まつりへ行ったり、ちょっと高めな料亭へ行き、豪華な海鮮類を食べたり――

(なにこれゲームより全然楽しいじゃん!)

この時の私のテンションは父より高かったかもしれない。

「お父さん見てみて!腹踊り〜ぼよーん」

「おっ!お父さんも負けてられないなぁ!あそ〜れぼよんぼよん」

「ふふっ。やめてよ2人とも〜」

久しぶりだった。こんなに家族と過ごす時間が楽しいと感じるのは。

「あー楽しかった!お父さん!お母さん!ありがとね!」

「何言ってんだよ〜家族なんだから本当は毎回一緒に行かなきゃないはずなんだぞ〜」

そうだった。この家族はなにか変なんだった…まぁだとしても楽しかったことに変わりはないし、本当に充実した1日だった。

なんだかいつもより世界が色付いて見えた―

「んぁ…」

どうやら寝てしまっていたようだ。時計を見ると深夜3時を回っている。そして異変にはすぐ気づいた。

「パパ?ママ?」

父と母がいないのだ。ホテルの部屋のどこを探してもいない。当時7歳の私は暗い部屋に両親がいなくて焦りを隠せなかった。そして焦った末、フロントへ駆け込んだ。

「フロントさん!ぱ、お父さんとお母さんがいなくなったんです!」

幼いながら行動力は凄かったと思う。普段なら怖いはずの真っ暗なホテルの非常階段を降り、フロントへ一目散に走った。その時は、真っ暗闇よりも両親がいないことが1番の恐怖だった。

「お嬢ちゃん、パパとママお部屋にはいなかったの?」

「うん、どこにもいないの!」

「分かったわ。探してみるからちょっとこっちで待っててね。」

そう言ってフロントのお姉さんは奥の社員室へ案内してくれた。

どれほど時間が経っただろう。ただの散歩だったらどう叱ってあげよう。いや、ただの散歩なのにこんなに焦っちゃってバカにされちゃうかな。そんなことを考えているとフロントのお姉さんが青い顔して帰ってきた。

「お嬢ちゃん、」

そう言ってフロントのお姉さんは私の手を優しく包んだ。

「信じられないかもしれない。ううん、今は信じない方いいのかもしれない。でも、よく聞いてね。あなたの親御さん、さっきの大規模な雪崩の影響で車ごと雪に潰されさっき死亡が確認されたらしいの。」

何を言っているんだろうこの人は。パパとママが雪崩で…?信じたくなかった。これはきっと悪い夢だ。そう思っていたら意識が遠くへ無くなった。そこからは早かった。次の日親切な警察官に自宅まで送って貰った。

「後は施設の人が来るからその人たちのこと頼ってね。」

施設の人と言うのはきっと児童養護施設の人のことだろう。だが、大好きな両親と7年間住んできたこの家を離れるなんて考えたくもなかった。だから私はのりと一緒にこの家で、お父さんの残したお金で暮らしていくことに決めた。一応形だけ母方の祖父母に引き取られることになったが、私はこの家を離れるのを断固拒否したので祖父母も折れてくた。めんどくさい手続きを全てやってくれ、そのおかげで今もこの家でのりと一緒に暮らしている。両親との小さな約束、

「来月の旅行は3人と1匹で行こう。」

この約束果たすことが今ではもう無理になってしまった。だが、なき両親の好きだった旅を自分も好きになりたかった。だから私は旅以外を捨てた。最低限の生活で、父の残してくれたお金をできるだけ使わずに成人まで使っていくことに決めた。そう、残された唯一の家族、「のり」と一緒に旅をしたいから。

-現在-

「卒業証書、小網 岬。」

私は今日、短期大学を卒業した。

それは私の第2の人生の始まりを意味する。

大好きだった故郷を出て、両親との思い出を胸にしまい、今日私は、旅に出る。

両親がこよなく愛した旅を。今度は私が愛そうと思う。のりと一緒に。

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にゃん転りん @lotus_novels

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