第4話 予期せぬ戦闘


 『第3航空艦隊所属第3中隊、迎撃高度に到達』

 『同じく第2中隊、迎撃高度に到達』


 ヘッドセットに戦闘機隊が迎撃体勢に入ったことを知らせる声が響いた。

 

 それを確認したエルンハルトは、ヘッドセットを耳から外した。

 右手の空に見える雲間に煌めく物体。

 機体の下腹が陽光を反射し銀色に煌めいているのだ。

 帝国国防空軍ルフトバッフェの2個中隊32機のbf109Kやbf109Gが編隊を組んで飛んでいた。

 第3航空艦隊は、西部戦線に展開する航空部隊で3個飛行隊9個中隊の昼間戦闘機部隊と少数の夜間戦闘機部隊で編成されている。

 雲間からはbf109の搭載するダイムラー・ベンツDB605エンジンの力強い音が聞こえてくる。

 その音を確かめたエルンハルトは、ヘッドセットを戻した。


 『これより、迎撃戦に移行する。全機続け!!』


 ヘッドセットから聞こえてくる邀撃部隊の指揮官の声だろう。

 先頭を行く指揮官機が加速するとそれに合わせて、編隊各機が増速する。

 敵の爆撃部隊との距離は、さほど遠くなくエルンハルトは、自分もあと5分程度で接敵エンゲージすると予測した。

 

 『第2航空艦隊所属第4中隊より第3航空艦隊各機へ通達、我、残弾なし。これより帰投する』


 フュッセンの防空指令部が、爆撃機部隊の北上を察知してから敵爆撃機とその護衛戦闘機を相手どって来た地中海沿岸に展開する第2航空艦隊の迎撃部隊はすでに13㎜モーターカノンを撃ち尽くして弾倉を空にしていたのだ。

 

 『武運を祈る!!』


 定数から幾分数を減らした味方機がバラバラに戦域を離脱していく。

 これでも確実性、生存性を高めた戦法を採用しているのだ。

 爆撃機に対しての攻撃法は、小隊4機で1機を狙うという方法が1943年から始まった対爆撃機の邀撃戦闘で確立されていた。


 『第3航空艦隊各機、かかれっ!』


 中隊ごとに分かれていたbf109K、109Gがそれぞれに獲物を定めて小隊単位に分かれて大きく散開する。

 そして、機体を翻し背面飛行から機首を傾け急降下に転じる。

 直上から爆撃機に対し痛烈な一連射を浴びせるのだ。

 コンバットボックスを組んだ爆撃機部隊は、旋回機銃から何条もの火箭かせんを伸ばす。

 それに怯えることもなく邀撃部隊各機が両翼に発射炎をひらめかせながら爆撃機の側方を通過していく。

 放たれた弾丸は、寸刻の間を持って冷気を引き裂きながら爆撃機の主翼、胴体とところ構わずに突立つ。

 そして、邀撃部隊各機は、旋回機銃座からの射弾を潜り抜け被撃墜を避けるため爆撃機の下方へと抜ける。

 しかし、火箭にからめとられてしまった不運な戦闘機は、無数の金属片となって散華する。

 旋回機銃の12・7㎜弾は、容易にBf109のエンジンカウリングを切り裂き、または弾倉にあたればそれを誘爆させるのだ。


 『くッ!エンジンがやられた!』

 『うぐあッ!?痛い痛い痛い!』


 冷却器を損傷した機体は、冷却液を噴出させたままエンジンが焼き付き機体を立て直すことなく、白い煙を吹きながら落下していく。

 bf109は、4機が落伍していった。

 爆撃機の方も、主翼に被弾した機体は空気抵抗に耐えかねて翼がげ錐揉み状に回転しながら墜ちてゆく。

 燃料タンクに火が回り、鈍い音をたて爆発四散する機体もあれば、エンジンが停止し高度を下げる機体もある。

 爆撃機の中から這う這うの体でクルーたちが脱出し、白い落下傘が漂う。

 bf109は、反転し急上昇をかけて次なる獲物を狙う。

 爆撃機の機体下部から12.7㎜の曵痕えいこんが伸び機体に近づけんとする。

 機体の前下方からbf109が13㎜を30㎜を放ちながら爆撃機に食らいつく。

 旋回機銃や、エンジン、コックピットなどに命中弾が出て多数の爆撃機が墜落していく。

 それを尻目に、風切り音をたてながらbf109は、機体を左に振りながら上昇し駆け上がる。

 第2航空艦隊の邀撃を受け、数を減らしていた爆撃機は、第3航空艦隊2個中隊の攻撃によりさらに数を減らし緊密だったであろうコンバットボックスは既に、乱れていた。

 コンバットボックスが乱れれば、それだけ旋回機銃による集中攻撃を減らすことができ邀撃機に対しての命中弾が減る。

 既に爆撃機部隊は、6割近くが落とされていたが北上を止めない。

 アウスブルクの空は近いのだ。


 ◆❖◇◇❖◆


 

 「ようやく戦場に着いたか……」


 味方の通信を聞いていたエルンハルトには、接敵までの5分間は長かった。

 爆撃機は、味方機に上下の反復攻撃を仕掛けられ梯団コンバットボックスが乱れている。

 崩れた梯団が4つ―――10機程度で組んでいただろうそれは、すでに跡形なく執拗な攻撃を耐え忍んでいるといったような姿だ。

 しかし、味方の迎撃をかいくぐってくる敵爆撃機もいた。

 

  『1つ目の梯団の2機を取り逃がした。手の空いている小隊はあるか!?撃墜を頼むっ』


 邀撃部隊の指揮官の要請が、ヘッドセットに響くが手隙の正体などいるはずもない。

 エルンハルトは時分が迎撃するべきであると判断した。

 通信のチャンネルはすでに迎撃部隊の周波数に合わせてあるから、自身が撃墜する旨を告げた。


 『こちら、レーベレヒト・エルンハルト大尉。2機の撃墜は、小官が引き受ける』


 本当は、部隊名を名乗るべきところだが、あいにく今のエルンハルトはどこの部隊にも所属していない状態だ。

 

 『エルンハルト大尉、貴官の所属は!?』

 

 エルンハルトに対し迎撃部隊の指揮官が問う。


 『今は、どこにも所属していない。いて言うならメッサーシュミット社で新兵器のテストパイロットをしている』


 唸る声が、ヘッドセット越しに聞こえてきた。

 おそらくエルンハルトの実力が単機で爆撃機2機を落とすことができるのか、ということについて考えているのだろう。

 実力を示せるものがあれば――――エルンハルトはそう考えた。

 そして彼の頭をよぎったのはバトル・オブ・ブリテンの記憶だ。

 

 『小官はもともと第2航空艦隊所属の戦闘機パイロットでした。バトル・オブ・ブリテンでの公認の撃墜数は、12機』


 12機という数字は、当時のJG52(第52戦闘航空団)のエースパイロットであるエーリヒ・ハルトマン、ゲルハルト・バルクホルン、ギュンター・ラルらには及ばないが、十分多いと言える数だ。


 『バトル・オブ・ブリテンで12機……。力量を疑うような真似をして済まない。こちらの撃ち漏らした機体の処理をお願いしたい』


 指揮官の態度は、先程までとは打って変わった。

 軍隊とは、集団での戦果は無論とこと、個人の技量も重視される社会だ。


 『了解した』


 この機体の想定する攻撃目標は戦車とされているため装備しているのはEisenzaunという新式の対戦車ライフル。

 このライフルは、大口径かつ高威力で既存のライフルが貫通できる装甲が距離300mで30mm弱であったのに対して同じ距離300mでは55㎜を貫通することができる。

 機構には無反動砲の原理が用いられ、その正確性や反動の削減といった点についてもしっかりと考慮されている。

 ただし、重量が非常に大きいため歩兵による運用は不可能となってしまっていた。

 スコープを覗き、レティクル板のターゲットドットを敵爆撃機に合わせる。

 狙いはエンジンと行きたいところだが翼の元の部分の方が面積が大きく狙いやすい。

 エルンハルトはかつて戦闘機乗りとして磨いた偏差の感覚を元にターゲットドットの位置を調整する。

 爆撃機の飛行高度より500m高い高度にいるエルンハルトに薄雲を挟んでいるためか爆撃機の機銃座は気付いていないらしく撃ってこない。

 あるいは、友軍邀撃部隊への対応に忙しく構う余裕もないのか。

 静止状態かつプロペラ音も出していないことに加えて、500mも離れた位置にいては、やはり気付かれていないだけなのかもしれない。

 彼我の距離は、もう少しで有効射程距離の500mとなるぐらいだろうか。

 エルンハルトは、冬の大気でよく冷やされた引鉄に指を掛け照準をもう一度確認し力をかけて引いた。

 そして―――あたりの空気を振るわせて弾が撃ち出される。

 無反動砲の仕組みを取り入れたライフルは作用反作用則により反動をガス圧で相殺するためにブレが少なく精度が高い。

 やや射撃間隔は遅めなものの、この運用方法ならなんら問題はなかった。

 撃ち出された30mm弾は、狙い過たず翼の元の部分に着弾。

 スコープ越しに、破片が散るのが見えた。

 そして骨子に上手く当たったのか、翼が根元から折れ爆撃機は錐揉み状に堕ちていく。

 しかし、いつまでもそれを見ている暇はない。

 二機目がすでに射程に入ろうとしていた。

 狙いは、先程の機体と同じ翼の基部。

 ターゲットドットを偏差を考慮して合わせ、引き金を引く。

 乾いた射撃音が次の瞬間、鈍い爆発音に変わった。

 少し、狙いがずれて着弾したのは、どうやらエンジンらしかった。

 機体の片翼が爆砕して、先程の機体を追うように墜ちていった。


 『大尉、3機がそちらに向かう!!』


 邀撃隊の撃ち漏らしたのだろう3機がエルンハルトのもとに向かってきていた。


 『了解』


 先程の2機と同じように、翼の基部に狙いをつけて立て続けに撃墜した。

 が、3機目に照準を合わせたときにはさすがに距離がなかった。

 スコープの中いっぱいに映る爆撃機。

 さらには機銃座がさすがにこちらの存在に気づいたらしく大量の弾を撃ち出してきた。

 とっさの判断で、スロットルを押し出し射線を切って上昇する。

 それに追いすがるように火箭が伸びる。

 かろうじて射弾を躱すが安心できる状態ではない。

 

 「くっ……」


 早く墜とさねば、こちらがられる。

 照準をつける場所を選んでる余裕はない。

 爆撃機がターゲットドットに重なったところで引き金を引く。

 爆発四散する光景を想像したがそれは起きない。

 致命打には、ならなかったのだ。

 

 「っつ……」


 機銃座の射線から逃れるべく、反転し下降へと転じる。

 下降する方が速度が出て敵弾を振り切れるはずだからだ。

 爆撃機の方が、この機体より速度が出るために爆撃機に追い抜かされる。

 そして爆撃機と同じ高度になり、後方に位置するため機銃座の死角に入ることができた。

 このチャンスをものにしてみせる!

 エルンハルトは静かに意気込んだ。


 『墜ちろ―――空の要塞!』


 ターゲットドットを爆撃機のエンジンに合わせ、引き金を引く。

 スコープ越しに、エンジンカウリングから破片が飛び散ったのが分かった。

 そして、しばらくするとボンっという音ともにエンジンが火を噴き、黒煙をひきながら高度を下げていった。

 白い落下傘が浮かんだ―――自動消火装置による消火では、どうにもならないことを悟ってクルーは機体を捨てたのだろう。


 『大尉!2機がそちらに向かった!』


 ハッと後方を振り向くと、2機の爆撃機がエルンハルトの方へと猛速で突っ込んできていた。

 照準を合わせ、引き金を引く―――が、弾が撃ち出されることはなかった。

 

 『小官は、弾切れです』


 装填発数は、6発。

 それに加えて、テストフライトだったために予備弾倉は持ち合わせていなかった。

 弾をすべて撃ち尽くしたのだ。

 爆撃機が通り抜けていく。

 後方からは、アウスブルクの街を守ろうとする対空砲の音が冬の冷え切った大気をつんざく様にに殷々と《いんいん》響いていた。


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