第5話 斜陽の帝国


 統一歴1944年4月―――

 帝国とロシャス連邦との間に生起したカメネツ=ポドリスキー包囲戦は、佳境を迎えていた。

 帝国の東部戦線南方を管轄する約20個装甲師団、総兵力20万以上の南方軍集団を、ロシャス連邦は倍を超える50万の部隊で包囲し殲滅しようとしていた。

 連邦軍が全戦線に渡って大規模な部隊移動を行っていることを南方軍団総司令部は察知していたが、同時に大規模な欺瞞活動が行われていたために攻勢の正確な位置や日時は掴めず、また戦略的撤退を総統が禁じていたことによって戦わざるを得なかったのだ。

 しかし、南方軍集団の損害の増加が急の度合いを増したことにより包囲からの脱出を、つまるところは連邦領からの帝国軍兵力の撤退を総統が容認すると脱出作戦が始まった。


 ―――セレト周辺―――


 「目標、敵戦車部隊。各個にて砲撃開始!!」


 帝国軍の防御陣地に展開された対戦車砲、迫撃砲、高射砲が一斉に火を噴いた。

 対戦車砲や高射砲は、砲身が水平に近い角度にまで倒されていて敵との距離が十分威力を発揮できる距離になるまで耐え忍んでいたのだ。

 それに合わせて数少ない戦車部隊も砲撃を行っている。

 襲い来る連邦軍の第4戦車軍の強力な機甲部隊の戦車の前面、側面、後方に土煙が舞い上がる。

 対する連邦軍の戦車、T34も負けじと85mm戦車砲ZiS-S-53を撃ちながら前進する。

 今までの敗走の鬱憤を晴らすような帝国軍の砲撃は、多数の連邦軍戦車を撃破しているが損害を出しつつも連邦軍は物量に任せた突撃を止めない。

 エンジングリルに直撃弾を受けた戦車は、黒煙を噴き内側から爆発を起こす。

 履帯に直撃を受ければ擱座しその場で動きを止める。

 帝国軍の装備するティーガー戦車は、1130m毎秒の砲口初速で2000mの距離でも175㎜の装甲を貫通するのだ。

 絶対数は少ないまでもその威力は絶大で自らも多数の敵弾を受けつつも確実に連邦軍戦車を撃破していた。

 特筆できる点は砲撃力だけではなく、40度の傾斜を持つ150㎜の装甲板は他に類を見ないものだ。

 正面装甲を打ち抜かれたT34の砲塔が上へと吹き飛ぶ。

 弾薬箱に火が回ったのか爆砕する戦車もいた。

 そして前方の戦車が撃破されたことでそれを避けようと速度が落ち、側面をわずかに晒したT34が轟音と共に巨大な火柱を噴き上げた。

 しかし、T34は僚車が被弾し炎上し擱座しても前進することを止めない。

 距離が詰まったことにより、射撃制度が上がると帝国軍側のパンターや四号戦車にも損害がで始めた。

 ティーガーほどの装甲を持たない戦車は側面や車体下部に砲弾を受ければ沈黙を余儀なくされるのだ。

 

 「各車両、煙幕を焚け!!。退却する!!」


 指揮官が麾下の戦車部隊に撤退を下令する。

 各車両に備え付けられたS-マイン発射器から発煙弾が発射され辺り一面が白煙に包まれた。

 見えない中では距離が近くとも射撃制度は鈍り、被弾する戦車は減る。

 ティーガーやパンター、四号戦車が履帯に逆回転をかけ後退し始める。

 対戦車砲や迫撃砲を扱っていた兵士たちは、一足先にトラックに乗り込み最大速度で退却を開始していた。

 白煙の中からの帝国軍戦車の突撃を警戒してか、T34は暫くその姿を白煙の向こうに留めていたがやがて白煙が晴れると再び前進を開始した。

 しかし帝国軍戦車が自身の装備する戦車の撃破し得る距離から離脱していることに気づくとそれ以上の前進を止め、戦車戦は終了したのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 4月に入り、寒さも和らいできたが帝国軍の緊張感は暖かな春とは真逆で逼迫の度合いを増していた。

 帝都郊外のヴュンスドルフに設けられた地下ブンカー(航空攻撃から避難するためのシェルター)にエルンハルトは車を飛ばす。

 秘匿呼称StahlBirdmanの開発が三月末で終了し生産できる状態になったため俺は、テストパイロットの任を終えたのだ。

 爆撃機の迎撃が可能であることを示したために、陸軍だけではなく空軍ルフトバッフェからも早期の生産開始を要求する声が上がっていて親衛隊への配備も検討されているらしいという話も噂に流れていた。

 歩哨に自身ののケンカルテを渡すと敬礼して中へと通された。

 呼び出し人は無論、フリードリヒ・フォン・シュタウヘン少将である。

 コンクリートの通路を歩いて少将の私室へと向かう。

 重厚感のある木製の扉をノックすると中から声が聞こえた。


 「大尉か?」

 「レーベレヒト・エルンハルト大尉であります」

 「入れ」


 中から、鍵が開けられるる音がしたかと思うと扉が開けられた。


 「コーヒーか?紅茶か?」

 「コーヒーで」


 椅子に腰かけてしばらく待っていると、やがてふくよかな匂いが部屋に漂った。

 

 「連合王国が羨ましいな。コーヒーも紅茶も両方の産地がかの国の植民地だ」


 冗談めかして少将は、そう言うとトレーに載せてコーヒーカップをテーブルに置いた。


 「君のおかげで、開発もはかどったようで何よりだ。MAN社やメッサーシュミット社から爆撃機の脅威より守ってくれたことに感謝するとの声も届いてきた。流石といったところだな」

 「お褒めに預かり光栄です」


 少将は、引き出しの中から封筒を一つ取り出して机の上に置いた。


 「これには、秘匿呼称StahlBirdmanの今後に関する重要事項が記載されているので目を通してほしい」


 エルンハルトは封筒を受け取り中の書類を手に取った。

 秘匿呼称StahlBirdmanは、4月より50機ほどの試験配備分が生産され運用状況に合わせて増備していくとある。

 さらに読み進めていくと、大隊規模の試験部隊を創設し実戦投入し効果を確かめるとあり最後に部隊の指揮官を――――――レーベレヒト・エルンハルト少佐とすると書かれていた。


 「これは……?」

 

 エルンハルトは状況がうまく呑み込めず、少将に思わず訊き返す。


 「試験飛行中の機体であるにもかかわらず爆撃機から重要な工場を守ったことを材料に人事局に話をつけておいた。昇進おめでとう。エルンハルト少佐」


 突然降って湧いたような話にエルンハルトは実感がわかなかった。

 今まで彼が預かってきたのは、せいぜい小隊くらいまでの戦力。

 今度預かる大隊といえば、その9倍から12倍の規模だ。


 「人事局は、もはや形骸化しているとはいえ、尉官から佐官への昇進だ。試験部隊を編成するにあたって実に都合のいいタイミングで爆撃機撃墜の功があって助かった。無論、なければ無理矢理にでも話を押し通すだけだったが……。体裁を考えると何かしらの功があった方がいい」


 そもそもテストパイロットの話をしてきたときから少将はそのつもりだったのだろう。


 「この話、断るはずはあるまい?」


 責任は大きくなるが俸給は上がる、エルンハルトに特段の文句はなかった。

 結婚していて家族がいるわけではないが彼には一応、養っている人間がいる。


 「試験部隊指揮官の大任、謹んで拝命いたします」


 そう言うと少将は、満足げな笑みを浮かべた。


 「質問をよろしいでしょうか?」


 でも一つ、エルンハルトには気になることがあった。


 「構わん」

 「部隊の編制状況はどうなっているのでしょうか?」


 少将は、執務用の机に重ねられていた書類の中から紙の束を抜き出して持ってくるとテーブルに広げた。

 その束は全て部隊の兵士のヴェアパスの写しだった。


 「部隊は、宣伝プロパガンダの側面もあり女性もいる」


 そう言って二枚を取り出す。

 片方は、帝都にある劇団の顔の知れた女優だった。


 「8月からの試験配備を想定しているため部隊に用意された訓練時間も3か月余りと短い。が、その分燃料は黒海経由で必要なだけ回すよう手筈は整えておいた。いろいろ余裕がなくて申し訳ない」


 物資や資金、そして燃料に余裕がないのは戦況逼迫の度合いを見れば明らかだった。

 

 「それだけ用意していただけるのなら、おそらく問題はありません。可能な限り練度を上げて戦闘への備えをしたいと思います」

 「本当に申し訳ない。だが帝国にはもう余裕がないのだ」


 街の様子を見ていれば或いは兵士の顔ぶれを見ていれば、それはよくわかることだった。

 街は、賑わいをなくし兵士は気付けば若者と老兵が目立つ。


 「重々承知しております」


 そうか……と言うと少将はコーヒーを飲み干した。


 「一つ書面になかったことだが、少佐はこのフリードリヒ・フォン・シュタウヘン少将の直属になる。したがって試験部隊も同様だ。よろしく頼むぞ」

 「よろしくお願いします」


 二人は固い握手を交わした。

 

 「それと少佐は、これから3日の休養だ。東部に出発する前にいろいろ買い足して置くといい。向こうじゃこっちのバイエルンワインは手に入らないからな」


 部隊の訓練は、マジャロルサーグ王国に展開する比較的有力な帝国軍第7軍団のもとで行われる。

 部隊の実戦投入は8月からとなっているので東部から西部に転属があるとしてもしばらくは本国に帰ってこれそうにない。

 エルンハルトは、その前にあっておきたい人がいた。

 

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