第3話 緊急事態

 おいしい料理はその後の人間関係も仕事も円滑にしてくれるというオトマールの持論は的中したらしく仕事の進捗は順調だった。


 「エルンハルト大尉、過日の問題点の脚部の重量ですが―――」


 今日も今日とて機体の改良の真っ最中だった。

 オトマール技師は、me-262や109kといった戦闘機の設計にも携わっている技師で帝国国内の技師としては名うての人物。

 そんな超一流技師は、仕事が早く3日前のテスト飛行時の改善要求をすでに満たしていた。

 脚部が重く、瞬時の上昇や方向転換が難しい点が問題だったのだが―――どうやら3日間でそれを改善したらしかった。


 「了解しました。で、今日は改善点の確認と航続飛行距離を測定すればいいのですね?」

 

 エルンハルトは、オトマールの説明と要望を簡潔に纏めて確認をする。

 オトマールは頷くと地図を開いた。


 「飛行コースです」


 地図には、赤い線がメッサーシュミット社の敷地から北に延びている。ニュルンベルクを越してその北、バンベルクに至るまで。


 「理論上は、赤い線の終端まで飛ぶことができるはずです」

 「わかりました」


 耐圧効果のあるパイロットスーツの上から秘匿呼称StahlBirdmanを装着する。

 StahlBirdmanは、武器の分類としては【ジェットアーマー】という種になるらしいという話を聞いた。

 ほとんど全身装甲のそれは、座ったような体勢で置かれたアーマーの前部が開放されており、そこに座り込むようにして装着する。

 機体の操縦桿や速度調整のスロットル、ライフルの発射ボタンは手元に集中していて、同じく手元にあるロックのボタンを押すことで解放されていた装甲が閉まり装着が完了する。

 パイロットの身長が165㎝から185㎝程であれば、アーマーの腰の部分や脚部で身長に合わせてチューンアップできパイロットに合わせた機体にできる仕組みになっている。

 この機体の装備する新式のライフル、Eisenzaunは、30㎜弾を撃つため重量が大きく一般の兵士には扱えないのだが、この機体には補助アームの機構が備わっており、それがライフルの重量を支えるため負担にはならない。


 「では、回収をよろしく頼みます」


 今回のテスト飛行では、航続飛行距離を測るため行けるところまで飛ぶことになる。

 そのため、どこに着陸できるかはわからないので着陸後に無線で場所を知らせて回収を待つことになっていた。


 「各飛行場へはすでに手配を済ませました。それと大尉」


 オトマールは、言葉を一旦切った。

 

 「何か?」


 オトマールは、右手に持っていた傘を軽く持ち上げて

 

 「ライエルン州は、天候が変わりやすいです。傘を持ってくことはできないのでくれぐれも天候にはお気を付けを」


 そういえば、借りた傘を返していなかったことをエルンハルトは思い出した。


 「借りた傘、帰ったら返します」


 そう言うとエルンハルトは、左手部分にあるエンジンのスロットルを前に押し出した。

 空気を思い切り吐き出すような音が聞こえ4基のエンジンが少し熱を持った。

 そして浮遊感――――エルンハルトはフルスロットル、即ちエンジン出力を最大にした。

 空気の排出音が大きくなり、機体は一気に加速していく。

 見る見るうちに遠くなる地表、冬の凛とした大気を引き裂く上昇力。


 『大尉、聞こえてますか?』


 ヘッドセットから聞こえてきたのはオトマールの声だ。


 『感度、視界ともに良好』

 

 空には大きな雪雲はなく、晴れわたっていた。


 『それは、よかった。気象班に確認したところテスト飛行中は天候の悪化の可能性は低いそうです』


 天候面での問題はなく、天候不順によって燃料を使い切る前に不時着をするという可能性はなくなったわけだ。

 順調にいっている、エルンハルトはそう思った。

 前線にいたときは順調に物事が進む方が少なかったと過去の日々を懐かしむ。

 そんな状況に置かれていたエルンハルトからすれば、上手くいくことに怪しさのようなものを感じていた。

 

 『高度を4000に保ってください』

 『了解した』


 機体の高度計は、3650mを示していた。

 あと350m高度を上げる。


 『目標高度に到達しました』


 北の方は、薄い雲がかかっている。

 誰も人のいない空は孤独感こそあれ綺麗な場所だった。

 そのとき、ヘッドセットにオトマールの声とは別の声が入ってきた。


 『フュッセンコントロールよりライエルン州各航空基地に通達。敵爆撃機群が北上中!迎撃戦闘を試みるも依然として北上は止まらず。高度5000、速度450㎞ 現在、バートポリスホーフェンの南20㎞!』


 バートポリスホーフェンは、メッサーシュミット社の工場のあるアウスブルクと60㎞ほどしか離れていない。

 友軍の戦闘機部隊が戦闘中のようだが爆撃機は依然として針路変更をする気はないらしい。

 アウスブルクを爆撃するのだとしたら目標は、十中八九メッサーシュミット社の工場とマン社の工場だろう。

 

 『オトマール技師、友軍の航空部隊がアウスブルクに到着するまでに友軍の航空部隊の迎撃は、間に合いますか!?』


 フュッセンの、味方航空隊が爆撃部隊に攻撃を仕掛けているが、爆撃部隊の機数によっては戦闘機による攻撃をかいくぐってアウスブルクに到達してしまうだろう。

 そう考えたエルンハルトは、迎撃を視野に入れた。


 『高度5000mまで上がるのにも時間は、かかります。正直なところ間に合わない可能性の方が高いですね』


 メッサーシュミット社の工場を叩かれれば最悪の場合、このStahlBirdmanの開発が頓挫してしまう可能性もある。

 工場を守ることは優秀な技師を、そしてStahlBirdmanを守ることと同義だ。


 『わかりました、それなら可能性にかけて迎撃に向かいます』


 スロットルを調節しつつ反転―――南に向かいつつ高度を上げる。

 ライフルの射程は500mだ、敵の高度の5000mより500mの優位をとれる5500mを目指す。


 『本気なのですか!?まだ、その機体はテスト中なのですよ!』


 オトマールの声は慌てていた。


 『工場とあなた、そして資料を守れれば、StahlBirdmanは開発の続行をできるのでしょう?敵を見逃す道理は、ありません』


 自分の意思をきっぱりと伝える。

 すると、オトマール技師はエルンハルトを止めるのをやめた。

 いや、あきらめたというべきか……。


 『武運を祈ります。その機体もあなたも生還してくださいね』

 

 エルンハルトの機体はスロットルを前に倒し、敵のもとへと加速していった。

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