願い1
電車に揺られて一時間ほどで目的の駅に到着したときには、夕焼けだった空模様も月が昇っているくらいには夜も更けてきていた。
周りの景色もさらに変わって、辺りは田んぼだらけとなって建物らしい建物も一軒家がぽつぽつと立っているくらいになっていて、その景色も潤華にとっては面白いものに映ったらしい。
僕としては見慣れた風景で、何も面白いことなんてないのだけれど。
そうして街灯の明かりに導かれるまま、リアンの家まで歩いた。
途中、僕が三日前まで住んでいた住宅街も通ったけれど、潤華は特に何も言わなかった。
この住宅街がほぼ全壊状態となっている理由を聞かなければ、特に驚いた様子もなかった。
魔族による被害であることは一目瞭然だったし、何の対処もされていないところを見るに最近の出来事であることは一目見てわかる。
そして僕が魔族狩りを目指そうとしたきっかけの一つに、親が魔族に殺されたということを潤華にも言ったし、志してから三日しかたっていないという僕の現状を考えると、この住宅街が僕が住んでいた場所だと察してくれたのだろう。
僕も何も聞かれなかったから特に聞こえなかった。
本当にそういう風に察してくれたかはわからないけれど、そうじゃなかったとしても魔族の被害の街についてとやかく言及するのはよく思われない。それが理由であるということもあるのかもしれない。
そうして何事もなく無事目的地であるリアンの家についた。
部屋の明かりをつけて、中が鮮明に見えるようになったら、朝のあのぐちゃぐちゃになったキッチンの姿そのままだった。
食べ終えた食器もそのまま机に出しっぱなしになっていて、片付けるのを忘れていたことに気が付いた。
人を家に呼んでおきながら、このありさまの家を見せてしまった。振り返れば潤華も苦笑いを浮かべていた。
「あー、私外に出ていようか? 片付けるまで待ってるよ」
「・・・・いや、外は危ないからそこに座って待っていてくれ。すぐに片付けるから」
「それなら座っているだけっていうのも暇だし、私も手伝おうかな。洗い物位なら私でもできるし」
申し訳ないから断ろうとも思ったけれど、潤華は食器をもってキッチンのほうまでもう持って行ってしまった。ありがたく厚意に甘えよう。
「悪いな。同居人・・・・というより家主が片付ける前に眠ってしまったし、僕も今日の試験のことで頭がいっぱいで、片付けるのを忘れていたし、この惨状になっていることも忘れていた」
「別にいいよ。まぁ、私のお父さんだってお母さんに言われるまでは片づけなんてやらないもん」
「・・・・・・本当に申し訳ない」
本当に申し訳なくてげんなりしていると、潤華は笑って食器やキッチンを洗い始めた。
朝から揚げ物をしていたから油汚れや、粉が飛散していたりと、まぁ散々だった。
「それにしてもひどい有様だね。何を作っていたらこうなるのか見てみたいよ」
「あぁ、それな。その人は料理をしたことがなかったからこうなってしまったみたい。それでもここまでぐちゃぐちゃにはならないとは思うけれどな」
「ふふ、まぁ今の時代ならあり得ることでしょ。便利になっているからね。それより、その家主さんという方はどこにいるの? その人に合わせに来てくれたんでしょ?」
「あぁ、それが本人も忘れているみたいで、同じ女としてこの状況になっていることに若干の恥ずかしさがあるらしく、出てこれないらしい。さっきから出てくるのを拒否しているんだよな」
「え、イザヤが同居しているのは女の人なの? てっきり男の人とのシェアだと思っていたんだけど・・・・」
「あれ言っていなかったか? というより男の人とのシェアだと思っていたのなら、余計にそう簡単におよばれしたらダメだろ。僕をどう評価していてもその人がどういう人かわからないんだから」
「うーん、そっちの事情で呼んでおきながら何かしようとするということを、イザヤが許す人間には私には見えなかったしまぁいいかなって感じだよね・・・・・・それに壊してくれるならそれはそれでいいんだけど・・・・」
「え、それはどういう・・・・」
「ううん。気にしないで。さぁ、粗方洗い終えて綺麗になった。これで落ち着いて話せるね」
「あ、あぁ。ありがとう。今、飲み物を用意するからそこに座って待っていてくれないか」
潤華は「ありがとう」と礼を言って、ソファに座った。
それにしても最後にボソッと一言言った言葉。あれはどういうことなのだろうか。
潤華は自分自身が壊れることを望んでいる? けれどそんな自暴自棄になっているようには到底見えない。
潤華が嫌いという言葉を使うとするなら、彼女は優秀できっと周りの人からの信頼も厚いのだろう。家も裕福なのかはわからないけれど、ある程度の暮らしができているくらいには普通だった。
家が武士の家系ということだから武器の扱いに厳しいという側面があるのか? なんて思ったりするけれど、試験での潤華の魔具を選ぶときの顔を見るに、そこまで武器を振るうことが嫌いというわけでもなさそうだった。
どこにも自暴自棄になるような要素が見当たらないようにも見えるけれど。
一つ何か上げるとすれば、『半魔』であるということ。
けれどそのたった一つがあまりにも大きすぎる枷であるが故に、そう考えれば自暴自棄になっていると考えても無理はないのかもしれない。
潤華が本当にそのことで悩んでいるのかは定かではないけれど、いずれにせよ半魔というその存在であることが、彼女にとっていいものでないことは確かだ。
本当に理不尽な世界だと思う。
けれど何も知らない普通の人間の意見だってわかる。そう簡単に納得できるようなことではないことくらい。だから難しい問題なのだろう。
潤華のことを知りたいとも、わかりたいとも思うし、できるならば救ってあげたいとも思う。
けれどそれが難しいことも重々承知だ。
コップ三つに、氷を数個入れて冷蔵庫に入っているお茶を注いでそれを机に置くと、潤華は笑って礼を返してくれた。
僕が彼女の対面に座ったところで、話を切り出してくれた。
「それで? イザヤが合わせたいと言っているその人は、出てきてくれる気になったかな? もしまだ気にしているのなら、気にしていないって伝えてほしいんだけど。それとも私が直接伝えたほうがいい?」
「いや、渋々だけど出てくるのは快諾しているから大丈夫・・・・ほら、リアン。君が連れてきたらいいと言ったんだぞ。片付けていなかったのは僕の落ち度でもあるんだ。リアン一人が気に病むことじゃないよ」
僕が自分の影に向かって話しかけていることに潤華は不思議がっていたが、次の瞬間には驚きの顔へと変化していた。
無理もないだろうが、影から人が出てきたら誰だって驚くものだろう。
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