嫌いな言葉3

 目を開けると毛布が掛けられていた。

 隣を見ればイザヤも毛布をかぶって、イヤホンをつけて音楽をかけていた。

 けれど、すーすーと寝息を立てているから、寝ないように音楽をかけていたにもかかわらず目を閉じたら寝てしまったんだろうな。

 保健室でも寝ていたというのに・・・・この人はどれだけ寝るのだろうか、と疑問に思うけれどイザヤのほうが動いていたし、精神的にも疲れがたまっているのは彼の方なのだから仕方がなかったな。

 この人に助けられたことは確かだし、感謝もしている。嬉しかった。

 けれどこの人は、死ぬことが怖くなかったのだろうか。

 私を助けることは、自分の命を投げ出すのも同然の状況だった。たった数時間しか喋っていない私のために、命を投げ出すことなんて普通はできないし、私はできない。

 この人にとって自分を投げ出す以上の価値が、私にはあったのだろうか。それともこの人の信念として誰かを助けることが当然になっているのだろうか。

 価値なんて私にはない。私という人間は、私という人間性は、誰にも望まれていないのだから。

 だからイザヤがあの時私に価値を見出したのだとしたら、それはお門違いというものなのに。

 それなのに・・・・それでも、もし私に価値を見出してくれたのだとしたら、その理由を聞いてみたい。

 イザヤが私のことをどう見ているのか、どう見えているのかを聞きたい。

「イザヤにとって、私はどういう人間なの? みんなと同じように見えているの? それとも私という人間に何か価値を見出してくれているの? わからないよ。私に価値があるなら、それを私が一番知りたい。ねぇ、イザヤ、教えて・・・・答えて」

 眠っているイザヤの顔を覗き込んでも応えてくれるはずもない。彼は寝ているし、起きていても音楽を聴いているから、私の声なんて聞こえていないんだろうな。

 だからそんなことを考えても仕方がないんだ、と胸の中に閉じ込める。

 私はずっとそうだ。私は皆が望む人間であればいい。私に価値があるかどうかなんてどうでもいいんだ。

 イザヤに対してなら少し自分を見せてもいいのかな・・・・なんて考えてきたところだけれど、私にそんなことを考える権利なんてないんだ。

 イザヤにもほかの人に接してきたように、優等生であるだけだ。

 望まれている私の像を、私に与えられた仕事をこなすだけだ。

 そうやって私のあり方を戒めたところで、降りる駅にもうすぐ到着するアナウンスがかかった。

「イザヤ、起きて。もう着くから」

 イザヤを少し揺さぶると、重いだろう瞼を何とか開けようとして、欠伸をしている。

「おはよう、イザヤ」


 潤華が僕を揺さぶりながら、起こそうとしてくる。

(あれ? いつの間にか眠っていた? 眠らないようにしていたのに・・・・)

 寝起きの働かない頭で、必死に現状を理解しようとした。

 眠気眼な目を擦って意識を何とか覚醒させ、イヤホンを外すことで潤華がなんで起こそうとしてくるのかを確認しようと思った。 

 けれど社内のアナウンスを聞いて即座に理解した。

 もうすぐ降りる駅に到着するとのことだった。

 僕は、はっとして挙動不審になり、何からすればいいかと焦っていると、隣からくすくすと笑う潤華の声がした。

「おはよう、イザヤ」

 僕が焦って起きたことを笑っているようだ。こんな状況なら誰だって焦るものだ。

 そこでちょうど新幹線が駅に到着したようだった。

 荷物をまとめて、切符を財布から取り出して新幹線を降りた。

 改札を抜けて、次に乗り換えるための地方鉄道の改札まで淡々と歩くと、後ろから潤華に制服の裾を掴まれた。

「ちょ、ちょっと待って。おいていかないで。こんなところでイザヤとはぐれたら、私帰るしかないから」

「あ、ごめん」

 潤華は僕の制服の裾を掴みながら、周りをきょろきょろとしている。

「どうした? 何か変わったものがあるか?」

「いや、都会とはまた風景が違うんだなって思って」

「まぁ都会の街並みを見た後にここを見ると少し廃れて見えるよな。これでもここらでは一番にぎわっているんだけどな。人通りもかなり減ったから、僕としては落ち着くんだよな。あぁ、帰ってきたなって思える」

 都会の街並みにも感動できたし、純粋に楽しさもあったけれど、やっぱりこの街の人どおりになれた自分からすると、都会の街や駅では人に酔ってしまう。

 見渡してある程度数えられるくらいの人通りのほうが、楽に歩けるというものだ。

 新幹線の改札から鉄道の改札の電光掲示板の前まで潤華を連れて歩いてきて、時刻表を確認して次の電車までまだしばらく時間がかかりそうだった。

「どうしたの? 改札抜けないの?」

「いや、次の電車はしばらく来ないみたいだから、近くのカフェでも入って時間でも潰そうかなって思って」

「しばらく来ないって、あとどのくらいで来るの? 五分位ならそこのベンチに座って待っていたほうがよくない? カフェに行ってたらまた遅れるよ?」

「いや次の電車が来るのは三十分後だな。外は暑いし、中に入って待っていようぜ」

 電車の時間を伝えると、潤華はすごく驚いた様子だった。

 都会から田舎と言われるような場所に来た人の反応としては満点だった。

 その反応を楽しみつつ、彼女を手招いて駅に入っている有名なチェーン店のカフェに入った。

「次の電車が来るのに三十分? え、一個前の電車が運悪く出ちゃったとか?」

「いや? 前の電車も結構前に出ていたな。田舎だとそれが普通だよ。電車が一時間に一本しか出ていないのなんて普通だから」

 潤華はコーヒーをすすりながら僕の話に興味を持っていた。

 テレビやいろんなところで聞いた話ではやっぱり驚くって聞いていたけれど、潤華の反応を見るに、本当に都会に住んでいる人と田舎の人との時間感覚は結構違うんだなぁと感じて面白かった。

 潤華も都会と田舎の人との違いという観点で面白いと思ったのか、そこから三十分話題が尽きることがなかった。

 カフェを出て駅の改札に戻ると、電車が改札の奥に到着していた。

 僕は地方鉄道にはよく乗るから、ICカードですっと改札を抜け、潤華は券売機が普段使っているものと違っていたからなのか、すごくあたふたとしていて、改札員の人に教えてもらいながら切符を買っていて、周りの人たちもニコニコしながら潤華のことを見守っていて、都会での僕もあんな風に見えていたんだなと思ってほっこりすると同時に、恥ずかしさもこみあげてきた。

「イザヤ‼ なんで一人で行っちゃうの⁈ 買い方がわからないのを知っていたでしょ」

「ごめん、どんな感じなのかなって見てみたくて。想像以上に面白かったし、想像以上に潤華の姿と自分の都会での姿が重なりすぎてちょっと恥ずかしかった」

「もう。周りの人もすごくにこにこしていたし、すごく申し訳なかったんだから。あぁ、恥ずかしかった」

 潤華は恥ずかしくて赤くなった頬を手で仰ぎながら、僕はその姿を面白がりながら二人して電車に乗り込み、定刻通りに電車が発車した。

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