嫌いな言葉2

 エレベーターを降りて、駅に向かってしばらく歩いた。

 その間僕と潤華の間にはずっと沈黙が流れていた。なんとも居心地の悪い空間だ。

 駅から新幹線が通っている駅まで電車で揺られ、そこから新幹線に乗り換えた。

 こんな平日の夕暮れ時だからなのか、新幹線にあまり乗らない僕にはわからないけれど、僕たちの周りの席にはほかの乗客はほとんど見られず、離れた席にぽつぽつと座っている程度だった。

 新幹線の中でも僕たちの間には沈黙が続いていた。潤華は窓の外をずっと眺めているし、その窓に反射している彼女の顔も無表情だ。何を考えているのかがわからない。

「私さ・・・・」

 唐突に潤華が小さな声で急に話しかけてきた。

 ここまで数十分以上声を発していなかったからなのか、あまり大きな声ではなかったけれど、僕にはかろうじて聞こえるような声だった。

「ん? どうした?」

「私さ、あんまり優秀って言葉が好きじゃないんだよね。もちろんいろんな人から評価されるのは嬉しいことだけれど、いろんな人からすごいねとか、うらやましいとか、いっぱい言われてきたんだけれど、どうもずっと虚無感を感じるっていうか。なんて言ったらいいのかな」

「そうなのか? 僕は優秀なんて言われたら飛んで喜ぶけれどな。そう言ってもらえるのは誇るべきだと思うけれど」

 潤華は黙り込んでしまった。欲しかった答えがもらえなかったからなのか、またさっきの様に沈黙の時間が数分流れた。

「私が優秀でいるのは、一種の義務なんだよ。私に課せられた役目、みたいなものなのかな」

「どういうことだ? 潤華が優秀でいなければいけない必要があるってことか?」

 彼女が自分の意思で優秀になったというのならば、それはすごいことだし、努力をたたえるべきだろう。

 けれど潤華の口ぶりから僕が察するに、潤華は優秀になりたくてなった、ということではないらしい。

 それは潤華が半魔であることと何か関係があるのだろうか。

 それとも、それとは関係がない何かほかの理由があるというのだろうか。

 義務であるならば、一つの仕事のようなものと考えるならば、潤華がほかの人から優秀だと言われて褒められることに何も感じなくて当然なのかもしれない。

 それが『優秀』であることは、なんとも複雑な心境だけれど。

「そうだね。私は優秀であることが求められているの。そうでなければ私はここにいてはいけないの。いや、ここにいることができない、のほうが正しいのかな。私がこうして普通に生きていられるのも、私が優秀であるということを求められているから。そうでなければ、きっと私はきっと生きていてはいけないと思うんだよね」

「そ、そんなことは、ないと思う・・・・けれど」

 正直、どう受け答えをしていいのかわからなかった。

 急にそんなことを言われても、一他人である僕では何か言うべきではないように思ったから。

 潤華にとって、そうあることが本当に生命に直結するようなことならば、変に否定することは潤華を逆に傷つけてしまうような気がした。

「ごめん。急にこんなこと言われても困るよね。そりゃそうだよね・・・・そう答えるしかないよね・・・・忘れて」

 そう言って潤華は窓に寄り掛かるようにして目を閉じ、少ししたら寝息を立て始めた。

 よく考えれば潤華だって同じように災難に巻き込まれたから、疲れていても当然のはず。

 ずっと眠たかったのを我慢していたのだろうか。

 少しは落ち着いた状況になることができた、そういう状況に何とか持ってこられたと思えると、あの時潤華を守るために飛び出して本当によかったと思えた。

 あの時飛び出さなかったら、きっと今こんな風に落ち着いた心境でいないだろうし、今の潤華の心の内を少し知れた気がしれた。結果論だけれど、それでもいい方向にもっていけた自分を誇りに思えた。

 しかし、寝顔を見ているだけなら可愛くて、同じ高校にいたらすごく人気者になるようなどこにでもいるような人なのに、さっきの潤華の発言から察するにやっぱり何かを抱えているのは間違いないだろうと思う。

 それはやっぱり半魔であることが関係しているのだろうか。それとも何か他の要因が関係しているのだろうか。

 普通に生きていれば『優秀』と言われることは誇りに思えることのはずなのに、そう思えないというのは、どうしてそうなってしまったのかが気になってしまう。

(リアン。起きているか?)

『起きているよ。どうしたの急に?』

(潤華の話、聞いていたよな。やっぱり何か抱えているよな。リアンはどう思う?)

『どう思うって言われても・・・・私もそんなことを言う人間にはあったことがないから、ちょっとわからないや。けど私が見てきた人間の中で、一番といっても過言ではないくらい闇が深い気は私にもする』

(そもそもリアンは半魔という人を知っていたか?)

『もちろん知っているよ。そういう人間がどういう扱いを受けてきたのかも見てきた。今みたいに人間という権利が保障されるずっと前から見てきたから、私から見たら今の半魔の人は幸せに見えるけれどな。まぁ人それぞれなんだろうけれど』

(人それぞれ、というのはどういうことだ?)

『昔は人間という扱いを受けていなかったから、産まれて半魔であることが確定したそのあとすぐに殺されていたの。親もそうすることに何も思うところはなかったみたいだし、半魔という存在は魔族であるという認識があったから、親の方も魔族を産んだって悲しんでいたし、そのあと子供を作ることを躊躇っているようだったよ。

 けれど、今みたいに生きていられるだけで幸せと思える人もいれば、そういう扱いを受ける存在になってしまうくらいなら生きてたくないって考える人もいるみたいだし。少なからず今でも魔族を産んでしまったって考える親はいるみたいだよ。自分の親が自分のことを魔族としてみているとなったらそれはそれで悲しいよね。

 私の場合は本物の魔族だし、自分の意思でそうなったわけだから、そういう扱いを受けること自体は何とも思っていないけれど、意図してそういう存在になったわけじゃないのにそういう扱いをされてしまうのは、いささか理不尽に思ってしまうけれどな』  

 やっぱりそうなってしまうのか。僕的にはやっぱり親に受け入れてもらえないというのは、小さい子供にとっては心に深い傷を抱えてもおかしくはない。

 潤華もそうだったのだろうか。彼女も辛く、苦しい過去を生きてきたのだろうか。

 誰に対しても、ましてや自分の親に対しても作り笑いをしていることや、誰に対してもいい子を演じるような態度をしているのは、その過去があっての結果なのだろうか。

 そう考えてふと、疑問がよぎった。

(リアン。少し思ったんだけど、魔族って感情を匂いで感じ取ることってできるのか? 僕が潤華のことを不思議に思ったのが彼女からの匂いの変化があったからなんだけれど、それは僕がそう感じたってだけで、ただの勘違いの可能性だってあったから、どうなんだろうって思ったんだ)

『私はそういうのを感じたことはないな。けれど、そういう風に言う吸血鬼もいたよ。嗅覚が鋭い吸血鬼は、周りの吸血鬼の感情の変化の匂いを感じ取ってよく気配りをしているのを見ていたし。だからイザヤが感じ取ったのは勘違いなんかじゃなくて、あの子の感情に変化があったってことだと思う』

 そうなのか。間違っていないことに安心した。

 これも結局、結果論的に潤華は何か抱えていたからよかったけれど、もし潤華が何も抱えていなくて、全部僕の勘違いだった時、すごく失礼な態度をとっていたような気がするから。

 何か不思議に思ったならすぐに相談するべきだろうなってそう思った。まぁその時はリアンは寝ていたから起こすのも野暮だったのだけれど。

 勘違いじゃなかったのなら、潤華が起きたときにでもそのことに関して少し聞いてみよう。

 潤華が嫌だというなら咎めはしないけれども・・・・

 彼女の寝顔を見ていると、僕もなんだか少し眠気が来たので軽く目を閉じようと思って、新幹線の車内販売員の人に二人分の毛布を借りて、潤華に毛布を掛けて目を閉じた。

 もちろん二人して眠るわけにはいかなかったから、イヤホンを耳につけて軽く音楽をかけて眠らないように気を付けながら、目を閉じた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る