嫌いな言葉1
案外潤華の家は近く、電車の乗り継ぎこそあれど、それでも都心から少し離れた住宅街のマンションに住んでいた。
僕の住んでいる住宅街では一軒家や、民間アパートのようなものがほとんどだったのでこんな風にマンションというものに住んでいる人は初めて見た。
高層マンションというほどではないのかもしれないけれど、田舎人の僕から見たらどんな建物でもとても高く見える。
僕は潤華に連れられるようにして、彼女の部屋の前まで一緒についてきて、
「それじゃあ準備してくるから、ここで待ってて。あ、間違っても私の部屋が見たいからって勝手に入ってきたらダメだからね」
「いやしねぇよ。潤華は僕のことなんだと思ってるんだよ。僕を不法侵入の犯罪者にしようとするな」
ふふ、っと潤華は軽く笑って中に入っていった。どうやら僕のことをからかうのは面白いらしい。更衣室で着替えるときにも同じようにからかわれた。
まぁそんな風に普通に笑っている分には、特に違和感は感じないんだけどな。時折見せる暗い笑顔があるせいで、どうしても本当に笑っているのかを疑ってしまう。
(翼たちの言う通り、気にしすぎならいいけれどそんなことないと思うんだよな。きっと何かを抱えていると思うんだけれど・・・・)
「うちに何か用でしょうか」
声のするほうに振り返ってみれば、買い物袋を肩にぶら下げた主婦がいた。
うちに何か用か、ということは潤華の母親とかだろうか?
僕はわかりやすく潤華の家の玄関の扉の前にいるから、ほかの家をさすこともないだろう。
母親と思しき人は不思議がるのと同じように、不審者を見るような怪しがる目をしている。
まぁ無理もないか。見知らぬ男性が家の前で立ち尽くしていれば。
「あ、どうも。今日潤華さんと試験でペアになった、新堰イザヤと言います」
と軽く自己紹介をしたところで、潤華が荷物をもって玄関から出てきた。母親の顔を見るなり、満面の笑顔を作り出した。
「お母さんお帰り。てっきり家にいるのかと思っていたよ。あ、こちら、さっきメールで連絡した今日の試験でペアになった新堰イザヤ君だよ」
「それは今聞いたわ。それよりお母さん、ペアの人が男の人だなんて聞いてないわよ。そんな初対面の人の家に泊まりに行くなんてやめておきなさい。初めてあった人を自分の家に誘う人と関係をもつのも。毎日言っているでしょう、関係を持つ人は考えなさいって。あなたにはあなたにふさわしい人がいるのよ。あなたは優秀なのだから」
本人が聞こえるところで言わないでほしいものだ。まぁ確かにそんな人と関わりを持つのなんて、僕だって自分の子供なら心配して当然だと思うけれどな。
関係を持つ人を考えなさい・・・・か。人間関係を決めるのはあくまでも自分の意思で決めることだから、潤華の母親が介入するべきではないと思うけれど・・・・けれど僕が首を突っ込んでいい事情でもない。
「わかってるよお母さん。でもイザヤは魔族狩りとしてはとっても優秀な人でね、今日の試験でもたくさん助けてもらったの。強くなる秘訣なんかをいろいろ知りたいと思ったから、私のほうからイザヤの家に行ってもいいか聞いたんだよ。お母さんが心配するような人じゃないし、心配しなくても大丈夫。ありがとう、心配してくれて。もちろん明日の朝には帰ってくるよ。明日の予定も忘れてないし」
「そう・・・・それならいいけれど」
潤華のお母さんはそう言って僕を一瞥した。僕はとても居心地が悪い感覚だ。
こんな風に他人の親に見られることなんてないし、この人からしたら、僕は初対面で他人を家に入れることを許可した軽い男のように見えるのだろうし。
まぁ実際のところ潤華から誘ったという嘘も、彼女は簡単に悟らせないほどつるっと口から出たから、潤華の母親もそれを信じているのだろう。
僕から誘ったなんて口が裂けても言えない。
「・・・・こんなどこにでもいそうな人が優秀な魔族狩りね・・・・そうとは思えないけれど、私はその職種について詳しいわけではないし、潤華が言うのならそうなのかもしれないわね・・・・はぁ、わかったわ。ただしちゃんと明日の朝には帰ってくるのよ」
「うん、大丈夫。それじゃあ行ってきます」
潤華は僕の手を引いて歩き始めた。女の子に手を引かれることなんてめったにあるものではないから少しドキッとしてしまう。
僕は潤華に惹かれながらも彼女の母親に頭だけ下げて、そのままエレベーターに乗り込んだ。
「いいお母さんだな。潤華のことをしっかりと心配していたじゃないか。まぁああいう言い方を本人がいる前でされるのは少し心が痛むけれど・・・・」
「どうなんだろうね。世間一般のいいお母さんには入っているんじゃないかな? 子供のことを心配しているように見えるし、母親としての務めだって、毎日家事と仕事を両立してくれているし、まぁ感謝はしているよ」
無感情なその言葉は、本当に感謝しているのかがわかりにくい。母親の前で見せたあの満面の笑みだってきっと作り上げたものだろう。
これは僕の偏見だけれど、ああいう母親の信頼を勝ち取るのにはきっと苦労したんだろうな。その末に作り出された笑顔だったのかもしれない。
誰しも作り笑いというものは備えて使う場面というものはあるけれど、それが自分の母親相手だと毎日作り笑いをしなければいけないから、気疲れがひどいだろう。
まぁそれが僕の勘違いなら、それはそれでいいのだけれど・・・・
「そうか」
それしか僕には言えなかった。
これ以上家庭の事情に首を突っ込むべきではないと思うし、もし本当に僕の勘違いであるならば潤華の母親のことをどうこう言うべきではないのだし。
潤華の表情は何となく読み取りにくいと僕は思っているし、勘違いだってことも十分にあり得ることだ。
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