正体を知る2-2

「本当は試験官である僕がこうして試験生に接触するのは良しとされていないのだけれど、君たちは面白かったからね。こうして話をしてみたかったんだよ。あのおいどれ爺どもは試験内容だけで合格者を判断しているみたいだけど、それだけではわからないこともあるから。こうして面白い生徒には声をかけているんだよ。もちろんさっき出ていった二人にも声をかけたよ。あの二人にも十分期待している」 

「はぁ・・・・そうですか。面白いと言ってもらえて何よりです。僕は在校生である刀堂先輩が試験官に参加しているほうがよっぽど面白いことですけれど。とても珍しいですよね」

 僕がそういうと、刀堂先輩はハァとため息を一つついて、

「あぁ、そうなんだよ。僕は生徒会の仕事で忙しいというのに、新しい仕事を増やしてくる大人たちにはうんざりしているよ。まぁ、こうして面白い生徒を先に見つけることができるという点においては悪い仕事じゃない気はしているよ。こうして接触しておけば後で話しかけやすいというものだ。優秀な生徒と関係があることはこの先有益だからね」

「優秀・・・・ですか。そう言ってもらえてとてもうれしいです。刀堂先輩の期待になれているのでしたら、私たちも頑張った甲斐がありました。ねぇ、イザヤ」

 笑顔が怖い。何を考えているのかがわからない。笑っているのに、心の底から喜んでいるようには見えない。

 僕が潤華のことを優秀だと言った時も急に雰囲気が変わったことを考えると、潤華にとって優秀であることは、誉め言葉ではないのかもしれない。

「そ、そうだな。期待に添えたんだったら何よりだよな。そ、それじゃあ僕たちは着替えて帰りますので、これで」

「そうだな。本当はもうちょっと聞きたいこともあったんだけれど。例えば、イザヤ君の持っているその武器のこととか、君の戦い方は誰に習ったものなのか・・・・とか。もちろん潤華君のことも。けれど二人とも災難に巻き込まれたんだ。疲れているだろうから、今日はこのくらいにしておくよ。それじゃあ、今度は生徒として・・・・あぁ、それと学園長からの言伝だ。『その魔具は君に差し上げる』だそうだよ。まぁ手放したくても、放れないのなら仕方ないからね。くれぐれもなくさないようにね」

 そう言って刀堂先輩は背を向けて去っていった。

 いったいどうやってなくせばいいのだろうか・・・・僕から離れようとしないのに。

 寝ているときも僕はずっとこの刀を握っていたらしい。 

 僕の中で刀堂先輩は、完全に不気味な人という印象が根付いてしまった。僕のことを聞こうとしているときの顔が尋常じゃなく不気味、という言葉がふさわしかった。

 彼が僕のことを見ていると、身体の隅々まで覗き込まれているような感覚に襲われて、あの人の目線を受けていると鳥肌が立ってくる。

 潤華とはまた違う方向性で、何を考えているのかがわからない人だ。

「イザヤ、行くよ。日が暮れちゃう」

 潤華はそんなに絡まれなかったからなのか、特に気にしていなかったのかすたすたと更衣室のほうへと歩いて行ってしまった。

「ちょ、ちょっとまって。今行くから」

 僕は潤華の背中を必死に追いかけた。

 今ここで彼女に置いていかれたら・・・・僕は迷子だ。


 結局潤華は一度も待ってくれることなく、僕はただ必死にその背中を追いかけ更衣室にたどり着いた。

「それで、私が聞いてほしいことって言うのは・・・・」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まずは着替えてからでいいか? ゆっくり話が聞きたい。着替えながらだと聞き漏らすかもしれないから」

「まぁ、いいけど」

 そうして潤華は更衣室にある鏡の前に座って、髪の毛の手入れを始めた。その間に着替えろということだろう。だから僕は急いでもともと来ていた制服に着替えた。

「よし大丈夫だ。何でも聞いて・・・・」

 僕がロッカーから離れて潤華のほうに向くと、彼女は電話の最中だった。

「・・・・うん。迎えに来なくても大丈夫だよ一人で帰れるから。帰ったら今日のこと話すね」

 声のトーンが明るかった。わかりやすく。

 半音ほど声を高くすることで相手が声を聞き取りやすくして、明るい雰囲気を想像させた。

 会話の内容から察するに母親か、父親、その両方だろうか。

「あ、イザヤ、着替え終わった? それじゃあそこに座って。イザヤが着替えている間にお湯を沸かしたから、少し飲み物を飲みながら話そう」

 また声のトーンが戻った。とても分かりやすく。

 ぼそぼそっとしゃべって、暗い雰囲気をイメージさせる。

 どちらかというと、こちらが本当の潤華なのだろう。そう彷彿させた。こちらのほうが無理なくしゃべっているように感じとれる。

 なら肉親であるであろう両親にさえ雰囲気を変えて話しているのは、本心で話せていないのだろうか。

「あぁ。今の電話は親か?」

「そう、お母さん。試験が終わったんだったら迎えに行くよって。そこまで遠くないし、一人で電車に乗っているときって、何も考えなくていいから楽なんだよね」

「あぁ、それは何となくわかる。自分で歩いているわけじゃないし、移動しながら別のことに集中することって、誰かの運転する乗り物に乗っている時くらいだし、電車だと割と一人の空間に入っていても誰も気にしないからな。僕は音楽を聴いて外を眺めることが好き」

「それはわからないでもないかな。音楽を聴いているときとかは、その音楽の世界に浸ることだけ考えればいいから、余計な情報が入ってこないし、余計な思考がよぎらなくて楽」

 それはすごくわかる。

 その音楽の歌詞を書いた人は何を考えながらこの言葉を選んだんだろうとか、この音楽のリズムにしたのは、この高さにしたのは、歌詞からどんな風景を連想させるためなんだろうとか。

 そんな答えのない、自分だけの回答に浸っているときが僕としては音楽を楽しんでいるときだと思う。

「親が迎えに来ないしゆっくり話せる。それも断った理由の一つ」

 まぁ話の途中で親が来てまた今度、なんて歯切れも悪いからな。

「それじゃあ仕切りなおして。潤華の話聞かせてくれないか」

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