正体を知る2-3

「そうだね。それじゃあ試験前に話そうとしていたところから話そうかな。イザヤは半魔って知ってる? って聞こうと思ったけど、そういえば二人から聞いているんだったね。人のこと詮索するのはやめてほしいところだけれど・・・・」

「ご、ごめん。だってあんな風に話を遮られたら、気になるどころじゃないから」

「そういえば、イザヤは自分のことを魔族って言ったよね。私たち半魔は人間としての権利が保障されているのにわざわざ魔族だっていうってことは、私とはまた違うの?」

「そ、それは・・・・」

 簡単に答えられるわけなかった。僕は正真正銘の魔族です。だなんて。

 ましてや、かつて最も恐れられた吸血鬼の眷属だなんて言えるはずもなかった。

「言いたくないならそれで構わないけど。私の話には直接的には関係ないだろうし。けど、私たち半魔は蔑まれて生きる恐怖も、屈辱も、悔しさも全部知っているつもりなの。だからイザヤが何者であろうと、私はきっと受け入れられると思うよ」

 これは潤華の本心なのだろう。

 真耶の話では、半魔がどれだけ人間としての権利を保障されていようと、他の人間からはなかなか受け入れられないという。

 そうやって自分を化け物だと言われる恐怖を、屈辱を、悔しさを知っている。潤華はその気持ちを知っているのだろう。味わってきたんだろう。

 だからこそ、自分のことを魔族だと言った僕のことは、何者であろうと受け入れることができるのだろう。

 蔑まれることの、拒まれることの絶望感を潤華は知っているから。

 自分の本当のことを隠して生きなければいけない苦痛を、大変さを潤華は知っているから。

 それを僕に対してすれば、自分も他の人間と同じことをするのだと理解しているから。

 そうやって考えれば、潤華は僕にとっての本当の先輩なのだろう。人生の先輩。他の人間から虐げられることに慣れた人生の先輩。

 どうして僕よりたった一つしか変わらない女の子が、そんな不名誉な肩書を背負わなければいけないのだろうか・・・・本当に何も知らないで生きてきた、この糞のような現実に憤りさえ感じてしまう。

 だからこそ、その誠意には僕もきちんと答えなければいけない気がした。

 潤華が自分のことを話す。

 拒絶されるかもしれないというリスクを抱えながらも、恐怖を感じながらも、自分のことを話したいと言っているのだ。僕も自分のことを話すことが筋だと思った。

「そうだな、潤華の話が終わったら僕も話そうかな。潤華だけがしゃべるのも、フェアじゃない気がするし」

「そういう観点で話すわけではないのだけど。まぁ、正直イザヤのことを知りたいと思ったのは本心からだし」

「ありがとう」

 僕がお礼を言うと潤華はお茶を一口すすり、「別に・・・・」と言葉を濁した。

 照れ隠しか、本当に特に気に留めてもいないのか。その一言では僕にはわからなかった。

 照れ隠しであってほしいと思うけれど・・そうでないと、なんだか僕に興味がないように聞こえてきて・・・・なんだか傷つく。

 出会ってたった一日だけど、僕は潤華のことを知りたいと心の底から思っているから。

 お茶の入った紙コップを机に置くと、潤華は唐突につけていたベレー帽を外した。

 そこにあったのは予想していた通り・・・・角。

 帽子の中にすっぽり収まるくらいの大きさだが、鋭く、黒光りしているけれどところどころに赤身がかかっていて、鮮やかという言葉より、禍々しいという言葉がふさわしい。

 おでこから生えている二本の角はうねらず、ただ上に反るようにして伸びている。

 その姿はまるで、御伽噺に出てくる『鬼』のようだ。

「きっと察しのいいイザヤは気づいているのかな。私は鬼。それもただの鬼じゃない。数ある鬼の種類の中でも、最古にして最強の鬼。『鬼神種』なの。昔話で聞いたことないかな? 酒呑童子とか、茨木童子とか。他にも牛鬼とか。調べたらたくさん出てくると思う」

 そう言われて、僕は興味本位にその名前を調べてみた。

 実際名前くらいは聞いたことはあるけれど、詳しく調べてみようとは思わなかった。

 所詮御伽噺、昔話だと気にも留めたこともなかった。けれど昔の話でも、御伽噺と切り捨てられないことをリアンとの出会いによって知り、僕の価値観は大きく変わってしまった。

 だから潤華が言う鬼神族や、昔話のその鬼の名前もしっかりと知るべきなのだろう。

「どれも日本の鬼の中では有名だな。その姿のイラストなんかも、いろんなところで目にしたことがあるな」

「それもそうだよ。鬼神種はどれも名前のある鬼ばかり。それくらい強くて、人間にとっては脅威だったってこと。そんな風に人間が魔族に勝手に名前を付けた個体は、種族の中でも上位個体として扱われて、『名前付きネームド』として多くの人間から恐れられているの。現代はネームドの数こそ減ったけれど、それでもいまだ脅威はぬぐえずにいるのが現状」

「なるほどな、勉強になるよ。それで? 潤華は何て名前の鬼神種の半魔なんだ?」

「私は、酒呑童子しゅてんどうじの半魔。私の先祖が武士って言うのは試験中に話したと思うけれど、その武士って言うのがその話に出てくる人なんだって。要はその人が殺した酒呑童子の恨みを買って、私に半魔として乗り移ったということだね。本当、どうにかしてほしいよね。こんな先の私に呪いをかけるとか、やめてほしいよ」

 潤華は少し笑っているが、誰がどう見てもわかる。苦笑いだ。

 きっとここまで本当に苦労して生きてきたんだろうと、容易に想像ができる。

「そうか。潤華の正体が知れてよかったよ。話してくれてありがとうな」

「ちょっと、何一人で終わろうとしているの。私、最初に言ったよね? 『聞きたいことがある』って。これじゃあ私の身の上話をしただけじゃない。ここからが本題だから」

 そういえばそんなことを言っていたな。

 けれど僕に聞きたいことなんて一体何だろうか。この世界に飛び込む前の僕は大したこともないただの平凡な、どこにでもいる一高校生だ。

 魔族になってからも日が浅いし、そんな僕に何を聞きたいのだろうか。

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