災厄との邂逅6
(なんだ・・・・どうして僕はこの男の言うことを聞いているんだ。身体が勝手に反応した。冷汗が止まらない。手の震えも、足の震えも、身体の震えが収まらない)
僕の身体は完全に恐怖に支配されてしまった。
それでも距離を近づけてくる男とは接近してはいけない、そう本能が言っている。
この男とは今関わっちゃいけないと、僕の全細胞が警告を出している。
けれど今この場からは僕も潤華も動けない。僕らが動けないなら、この男の侵攻を止めるほかない。近づけなくするしかほかに方法がないんだ。
(リアンから殺気を飛ばす方法を習っておいてよかった。これなら人間だろうと、魔族だろうと一時的に怯ませられる。その隙に距離を置くしかない)
目線や、顔の表情、睨み付け方。その場での自分の体制など、あらゆるものを掛け合わせることで、自分が殺される恐怖というものを連想させられるらしい。
これもリアンが恋人だったという人から聞いたものだ。
曰く、生物にとって死というものが何よりの恐怖だと。それを連想させられれば、対象に近づこうとしないらしい。殺される危険性があるから。自ら死地に飛び込もうとする生物はめったにいないのだと。
だから、今目の前の男に自分に近づくことを躊躇わせればそれだけで僕らは距離を置ける。潤華を抱えて入り口まで戻る。それまで追いつかれずに逃げるだけの時間は稼げるはずだ。
震える身体に鞭を打って、下げている頭を上げようとしたその時だった。
僕の脳が一瞬震えて、意識を失いかけた。
『イザヤ‼ 顔を上げないで。今はそのまま、穏便にその男をやり過ごすの。今はただその男が去るのを待つの。いい? よく聞いて。その男こそが魔族の始祖。個体名ガイアと呼ばれている魔族。今のイザヤ程度なら一瞬で消し炭にされる。静かに嵐が過ぎるのを待って』
リアンが影の中から僕に話しかけてきた。恐らく僕の脳が一瞬震えたのも彼女がやったことだろう。僕が動こうとするのを止めるために。
僕が今動けば何もすることができないままに、消し炭にされてしまうから。
今目の前にいる男こそ、僕らの最終目標にして、最大の敵。リアンの言っていることが本当ならば、僕が殺気を飛ばした瞬間、僕の命はなかっただろう。
殺気というものは生物を怯えさせることができるとても有効な手段だ。だが、もしも相手が自分に怯えるということをしなかったら。それをする必要がなかったら・・・・それはただ睨みつけてくる負け犬の弱者だ。
そんなものに怯むような強者は存在しない。
リアンが起きてくれてよかったと心底思った。彼女が止めに入らずに殺気を飛ばしていたらと思ったら・・・・・・考えるだけで汗が止まらない。
「そこの鬼の眷属。今何か行動を起こそうとしていたように感じたのですが・・・・何をしようとしたんですか? どうにも、余には君の思考が読めないみたいだ」
「・・・・な、に、もしようとしていません。私はこの場を動こうとはしていません」
「本当ですかね? 逃げようともしなかったと? なんとも疑わしい・・・・ですがまぁいいでしょう。それよりもこの子たちを殺したのは君ですか?」
ガイアは、そこら中に転がっている魔族の死体を足でもてあそびながら聞いてくる。
ここは誤魔化すべきか、正直に答えるべきか・・・・いや、誤魔化すのは得策ではないな。第一殺すところを目撃されているのに、こんなことを聞いてくるということは僕が正直に答
えるかどうかを試しているに決まっている。
「はい。それは私がやりました」
「なぜですか? 同じ魔族だというのに。大体ここは人間の施設ですよね? 魔族であるあなたがどうして人間側について魔族を殺しているのか」
「それは・・・・答えられません・・・・回答を、拒否します」
「回答を拒否? 実に面白い答えだ。余の顔を見ても同じことが言えますか」
ガイアが僕の顎をもって顔を上げさせる。
顔を上げた先の眼前には、男の顔が目の前にある。
瞳孔の奥が深淵なのかと思うくらいに暗く、黒く、見ているだけで飲み込まれそうな恐怖に陥る。
身体はさらに震えて、動悸が激しく高ぶる。止まらない冷汗は、さっきよりも多く出てくる。
恐怖という本物の恐怖という感情を本気で感じ取っている。今までの人生で感じていた恐怖というものがちっぽけであるようだ。
危うく本当のことを言ってしまいそうだったけれど、舌を噛んでぐっとそれを堪えた。
「か、回答を、拒否、します。あなたの問いには答えられません」
震えながら答えれば、ガイアは一度考え、そして高らかに笑い始めた。
「ははは‼ 面白い。実に面白いぞ。よい。実によい。余の目を見てもなお嘘をつき続けられるとは大層面白い。いいだろう今日は面白いものが見られたということで許してやろう。ただ、同じ魔族間で争ったことには罰を与えねばなぁ」
ガイアは僕の目を覗き込んできた、次の瞬間・・・・僕の身体は痙攣をおこすように震えあがった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
悲鳴を上げてその場にうずくまり、すぐに自分の心臓を確認した。自分の心臓が動いていること、脈があること、まだ自分に意識があることを。
彼の目を見た瞬間・・・・僕は死んだ。
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