災厄との邂逅5

 ───試験会場 エリアα───

 私はイザヤの動きを見て驚きを隠せませんでした。

 朝に喧嘩をしている状況を見ているから、少なくとも腕力はかなりあるほうだと思っていたけれど、予想をはるかに上回っていたからです。

 刀の扱いこそ素人同然ですが腕力、脚力ともに人間離れしているのです。

 襲ってくる魔族の攻撃を素手でつかみ、相手の動きを止めるとすかさず蹴り飛ばして内臓を破壊。最後に刀でとどめを刺す。

 これだけでも人間離れしているというのに、イザヤは殺気のようなものを飛ばすのです。

 一度それを視界に入れてしまった私も、恐怖で数秒動くことができませんでした。

 魔族を一睨みするだけでここにいる魔族全員が怯み、怯えているところをすかさず首の付け根をつかみ地面に押し倒した後、持っている刀でとどめを刺す。あの禁忌の魔具がイザヤの拳よりも劣っているかのように錯覚してしまいます。いや、錯覚じゃないのかも。

 いくらここにいる魔族が下級の魔族であっても、魔族は魔族。

 大人の人間であっても、赤子の手をひねるようにその命を刈り取るだけの腕力は持ち合わせています。

 それに人間の打撃では、どんな魔族でも怯ませることなんてできません。故に私たちは魔具をとるのです。

 イザヤの戦い方がどれだけ異常で、異質なのかがこの戦いを見るもの全員が思うでしょう。

(ここまで異常だなんて思ってもみなかった・・・・さっきイザヤは自分のことを魔族だと言ったよね。だとしたら私とは同じようで違うのかもしれない・・・・もし、もしもイザヤが本当に魔族なら、私の願いだって叶えてくれるのかもしれないな)

 目の前の人間の姿をした何かを見て、私は少し希望が見えたのでした。

 私の希望を、願いをかなえてくれる存在なのかもしれないと。


(ここにいる魔族、どれもリアンとの訓練で倒したものよりも弱いな。本来ならこんな刀じゃなくて直接魔石をもぎ取りたいけど、そんなことしたら僕が人間じゃないことがばれるし、加減はしないとな)

 扱いに慣れていない刀で戦っている風を装わないと、周りから異常認定されてしまいかねないから、とどめだけでも刀で差しているけれど本当に扱いづらい。

 止まっている個体ならいくらでも殺せるけれど、動いている敵にはあてづらい。僕がまだ武器というものに慣れていないから仕方ないのかもしれない。なにせ少し前までただの学生だったのだから。

 だから少しでも当てやすくするために、まずはさっきを飛ばして魔族としての上下関係を分からせて怯ませた後、地面に押し倒して動きを封じる。これでやっと刀を使える。

 自分の拳で戦えるのならばそうしたい。そのほうがよっぽど楽だ。

(ここが試験じゃなかったら、もっと速く魔族を狩れるのになぁ)

 周辺の魔族を狩り尽くして、次に向かおうと潤華を呼ぼうとしたら、彼女の方から話しかけてきた。

「イザヤは本当に強いんだ。さっきはごめん、あなたと話すことなんてないって言ったけど、後で時間をもらえないかな。少し聞きたいことができたの」

 僕は嬉しかった。声のトーンこそほかの人に話すような明るいトーンでないけれど、それはつまりは素の状態で潤華が僕と話がしたいと言ってくれているということだ。

 本当に今の状態が素なのかなんて僕にはわからないけれど、それでも気になっていることを聞く良い機会だ。と思って僕が返事をしようとしたその瞬間。

 異質な魔族の匂いが鼻をつんと刺した。

 ここにいるどの魔族とも違う。この嫌な気を含んだ禍々しい匂い。感じたことのない恐怖心に身体が支配されていく。

「うーん、人間は面白いことをしているのですね。よもや余の子供たちを殺して遊び道具にするなんて、悲しきかな」

 冷たい声。身体に突き刺さるような、身体を完全に冷え切らせるような、そんな声に恐怖心が一層強くなっていく。

 恐る恐る声のする方向に向くと、立っていたのは二十代前半に見えるくらいの若い青年という印象の男性。

 スーツに革靴を履いているけれど、こんなところで会わなければどこにでもいるような会社員だと見間違えても遜色ない。

(人間? いや違う。そんなはずない。普通の人間がこんなところに入れるわけがない。それにこの嫌な気配・・・・これは魔族だ。しかも普通の魔族じゃない)

 歩いて距離を詰めてくる男から、潤華を守るようにして同じだけ歩いて距離を離す。

「そんなに離れないでもらいたいですけれどね。いやぁ、彼女の匂いを追っていたらここにたどり着きましたけど・・・・くふふ、これは面白い。鬼の眷属に、鬼の成れの果てとは実に面白いコンビだ・・・・・・跪け」

 その一言に僕も、潤華も抗うことができなかった。その場に跪き頭を下げざるを得なかった

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