出会う少女は8

「基本的に? 含みのある言い方だな」

「そこらへんもちゃんと話す。そもそも半魔というのは、文字通り人間の要素と魔族の要素を半分ずつ持っている人間のことだ。人間の様に理性も感情も、思考能力もあり、寿命も人間と同じ。けれど体内に小さな魔石を宿していて、魔族オリジナルほどではないけれど、魔力を使えて多少の能力を使うことができる。ただその反動は大きくて、使った後は著しく体力が低下してしばらく行動不能になるんだ。こんな人間のことを半魔、『ハーフデーモン』と俺たちは呼んでいるんだ。この界隈だと縮めてハーフなんて呼んだりするな」

「なるほど、人間と魔族の要素が半分ずつ・・・・そもそも、そんな人間が生まれたのはなんでなんだ? 人間と魔族の間に生まれた人間の子孫とか?」

「いえ、違います。半魔は魔族に呪われて生まれてきた人間です。正確には、半魔の先祖が殺した魔族が死ぬ間際、その子孫に呪いをかけるのです。呪い、というか自分の生まれ変わりを人間の身体として生まれさせる、と言ったほうが正しいでしょうか。そうして生まれてきた半魔は、身体のどこかに特徴的な進化を遂げているのです。牙が生えているとか、小さな翼が生えているとか、角が生えているとか」

 身体のどこかに特徴的な進化・・・・僕は潤華の今日の格好、容姿を思い出す。

 牙は生えていなかった。翼は生えているのかわからないけれど、背中が異様に膨らんでいるということもなかった。

 そこで一つ思い出した。潤華が頭につけていたもの。普通の人なら日常的にはあまりつけないもの・・・・潤華は頭にベレー帽をつけていた。

 もしこれが真耶の言った、角が生えているという特徴を隠すものだったら。

「なぁ、角が生えている半魔っていうのは例えばどんなのがいるんだ?」

「そうだなぁ、主に角の生えた動物の形をした魔族が多いな。それならいいんだ。特に害のあるようなほど魔力を持たないから。けれどごく稀に生まれてくるんだ・・・・〘鬼〙が。

鬼はとても獰猛な性格をしていて、保有する魔力がとても多いんだ。半魔が持つ魔力は元の魔族が保有している魔力の、約半分以下と言われているんだが、元が高い鬼は半魔でも保有する魔力が多く、その人も魔族たり得ると言われるほど人間にとって脅威な存在なんだよ」

 鬼、か。なかなか見ることがないほど珍しい存在であることは聞いたことがある。

もしかしたら・・・・・・と思うけれど、そんな偶然なはかなか起きるものでもないだろう。

「そうなのか。悪い、話の腰を折った。それで半魔というのがどういう存在なのかは分かったが、どうしてそこまで警戒視されているんだ? 話を聞く限り理性も、感情もある普通の人間なのだろう」

「ここからがこの世界の裏側の世界の話なんだよ。さっき翼が『基本的には』って言ったよね。そう、基本的に半魔という存在は、魔力を持った人間としてほかの普通の人間たちと同じように扱われ、同じように権利を持っているんだけど、普通の人間として生きられるはずなんだけど・・・・けれど、そううまくはいかなくてね」

 言いたいことはすぐにわかった。

「・・・・・・・・差別、か」

「そう。違う形をした人間なんて一般人はそう簡単に受け入れられるものではないから、いくらこういう人間がいるって言われて、見た目がいくら人間でも、魔族の力を持って一部に魔族の格好をしている。これは他の人間から恐れられ、はぶられ、そしていじめにつながるケースが多くあるの。子供も大人も。

現実的に半魔が一般人に紛れて生きるのはとても難しく、普通に生きるのはとても困難。そしてそんな生きにくい現実に絶望して多くの人が自殺し、逆にこんな現実に怒り、反逆を起こす人もいるの。

そして一般人に魔族の力を使ったが最後、その人は人間ではなくなる。人間である権利を剥奪されるから。そうなればその人はただの魔族。ギルドから討伐の依頼が出され、その人は魔族狩りによって処分される。理性も、感情も、痛覚もすべてある中で、魔族を狩るための、人類を守るためのその武器で、自分の身体を貫かれる。本来なら守ってもらえたはずの存在に、自分の命を狩り取られる。一刻の猶予も与えてもらえぬまま。」

 少し聞いているだけですごく嫌な気持ちになる。

 その人はただ普通に生まれてきただけなのに、生まれただけでその先の人生が真っ暗になることが確定するなんて、あまりにも残酷すぎる。

 それに周り人間はその人のことをいじめていても大した裁きも受けないのに、半魔が何か間違えれば即殺処分される。猶予を与えられない。こんな理不尽があるだろうか。

「そんな顔になるのもわかるが、ここからさらに嫌なことだ。普通の人に紛れて生きられるならまだいいほうだ。一番最悪なのは、さっき言った鬼のような、いわゆる上位種と呼ばれる類の半魔の人たちだ。そういう人たちは魔力を多く持った、一般人とは常軌を逸した人類の脅威であるとともに・・・・貴重な研究サンプルなんだ」

「は? 研究サンプル? つまりは人体実験の対象になるってことか?」

「そうだ。上位種が生まれたことが研究者の耳に入ってしまったが最後死ぬまで追われ、捕まれば一生その身柄を拘束され、死ぬまでその体にメスを入れ続けられる。半魔という生態がどうゆう原理で成り立っているのかを探るために。闇市なんかでも、多くの半魔が取引されているとも聞くな。な、あまり気持ちよくない話だろ」

「あまり? そんな少しだけみたいなほどじゃない。めちゃくちゃに腹が立つ」

「そう、それが半魔という存在が一般人に公表されていない理由だ。そうやってイザヤみたいに反感を持つ人間が生まれることを恐れて、国はこのことを公表してないんだ。要はそんな状況を知っていながら放置していることが表ざたになったら国としての威厳を失い、さらに民衆が蜂起、なんて事態になることを恐れているんだよ。

それに逆もある。半魔の人たちがこんな不遇な世界になっていることを、見て見ぬ振りされていることを表立って言われてみろ『君たちに人権はあるけど、生きるのは大変だよ、頑張ってね』って国から言われているみたいなものだ。そんなことを許す人はどこにもいないだろ。 

まぁ、そんなことで一般人がなかなか耳にすることはないから、この業界に詳しくない人間の口からその言葉が出てくれば怪しまれるのは当然なんだよ。もし僕らがそういう研究員の一員だったら、ここでイザヤの人生は終わりだ。そう簡単に口にしないことをお勧めするのは、そういう理由だ」

 僕が何も知らないまま呑気に生きている中で、生きるのに必死になっている人がいることを知らなかった。それがただただ恥ずかしく、申し訳なかった。

「初めてこの話を聞く人はみんなそんな顔をするんだ。けれどこれを公表しようなんて考えるなよ。そうすれば国が君の敵だ。君が生きる場所はこの国にはなくなる。いや、世界中に無くなる。反逆者に生きる場所なんて与えてもらえないんだ」

 そんなことを言われれば黙るしかない。もう口を出せない。さすがに国相手ではどうしようもないのだ。

 それに万が一、半魔のことを言及して僕が吸血鬼であることがばれたとき、普通に生きることなんてできないのだろう。だからこれ以上何も言えない。いうべきではない。

 それはわかる。わかっているけれど・・・・

「イザヤの言いたいことも、思ってることもわかるよ。私たちも最初はそうだった。けれどこればっかりは私たちの力ではどうすることもできないんだよ。私たちではこの現実は変えられないんだよ」

 手を力強く握って、自分に言い聞かせようとするけれど、どうしても納得できない。

 そんな時、屋上のドアが開けられて中から顔をのぞかせたのは、潤華だった。

 僕たちのことを見つけると、纏う雰囲気を明るくさせて、笑顔でこちらに近寄ってくる。

「イザヤ、こんなところにいたんだ。それに真耶と翼も。二人とイザヤが仲良くしてそうでよかったよ。試験官がもうすぐ試験を開始するから、各自持ち場につけって。私も緊張が大分ほぐれてきたからもう大丈夫。部屋に戻ろう」

「あ、あぁわかった」

「じゃあ僕らも戻るか。真耶も行こう」

「そうだね。合格のための最終調整しなきゃ。じゃあまた会うことがあれば。できるなら編入式で会えるようにお互い頑張ろう」

 二人はそう言って先に自分たちの部屋に戻っていった。

「それじゃあ、僕らも・・・・・・」

 戻ろうか。と言おうとしたら潤華に口を手で塞がれた。

「・・・・あまり詮索しないで。私とイザヤは何の関係もないただの他人。この試験でだけの関係。それ以上でも以下でもないから」

 さっきまでの笑顔はどこへやったのか、潤華の顔には何も張り付けられていない。

 初めて会った時は、僕の顔が反射してくるくらい綺麗な瞳をしていたのに、今は黒い。その色だけがあって、そこには何も映りこんでいない。まるで生気を失っているかのようだ。

 潤華はそれだけ言い残して、先に屋上を去っていった。

(僕と潤華は何の関係もないただの他人、か。そう、そうだけど・・・・そんなのわかってるよ。じゃあ、それじゃあ・・・・・・・・なんで潤華はそんなに寂しそうな声をしているんだよ)

 潤華が本当ことを言ってくれない怒りと、現実の不条理への怒り、けれど彼女の言っていることは正しいて思ってしまう自分への怒りが、僕の中を駆け巡る。

 その怒り任せに屋上のドアを勢いよく開けて、僕も屋上を去った。

 ドアを開く、バンという音が学園中に響き渡るのが僕にでもわかった。

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