出会う少女は5

 潤華から感じた暗い感情。これは勘違いじゃない気がする。

 潤華から感じる魔族の匂い、それはなんだか温かく、まるで人当たりのいい潤華の感情が伴っているような、例えるなら春先の気持ちよくてのどかな野原に咲く花の匂い。

 うまく言えないがとにかく暖かい空気の匂いだったのに、今は冷たい。

 ただ冷たいだけ。急にふっと匂いが無くなって、冷たい空気のような感覚が鼻を刺す。まるで真冬の外の空気の様だ。痛いくらいに冷たい。

 冷たい感情が出ているのに、それを笑顔を張り付けることで消している。周りに一切悟らせないように。

(なんでこんな風に笑っているのだろうか。なんだか・・・・不気味だ)

「ん? どうしたの」

「い、いや何でもない」

「そう。ほら試験官がペアを選べだってさ。早くしないとランダムで選ばれちゃう。行こう」 

「あぁ」

 二つ返事で潤華の後ろについていってペアの登録をする。自主的にペアの登録をしている人間は多くなかった。僕らを除いてたったの二組。

 まぁ、今日が初めましての人間をそう簡単に信用できないんだろうな。

 そんな何も知らない人間を信用して、それで試験に落ちましたなんて目も当てられない。

 多少そこらへんは考慮されているらしいが、それでも自分の人生がかかった試験なんて自分以外信じられなくて当然だろう。

 確たる僕だって彼女のことを完全に信用したわけじゃない。むしろさっきの一件で信用を失っている。彼女を信じられる要素が、魔族の匂いがするということだけだ。

 それもただ同族の匂いがするということだけ。彼女が人をどう思っているのかまではわからない。最後にあざ笑うつもりなのかもしれない。

 それでも彼女が僕を信頼してくれるというのならそれに応えようとは思うが、少しだけ不安は残る。

 だから確認したいことは、しっかりと確認しておくべきだろう。

「それでは、後の人間はこちらがランダムで選出する。すでにペアになったもの以外、この部屋に残って待つように。すでにペアを作ったものは私についてこい。準備室に案内する」

 そう言われて僕と潤華、ほかの四人も試験管についていった。

 案内された部屋は、各ペア一組ずつに与えられた更衣室のような部屋。

「ここで用意されている戦闘服に着替えろ。一応男女混合のペアが生まれるから、仕切りはできているが監視カメラも設置してある。覗きなんてしたらその時点でそいつは不合格だ。

 それと、ここで作戦会議をする時間を設ける。初めてあった人間とうまく連携するのなら、多少のコミュニケーションはとっておくべきだ。防音もなっているから他人に会話が漏れることはない。もちろん我々試験管にも。あの監視カメラでは、音声までは拾えないようになっているから存分に話し合いをすると言い。それでは次の連絡が来るまでしばし待っていろ」

 そう言って僕らは準備室、ならぬ更衣室に放り込まれた。

 用意されているロッカーを開けると戦闘服? のような学校の体操服のようなものが男性用、女性用両方用意されている。どちらを開けてもいいようになっているようだった。

「こんな薄っぺらい服が戦闘服なのか? どう見ても普通の学校指定の体操服のようだが」

「これ、こんなに薄いけど防火、防水、防弾ほかにもいろんなものをはじく仕様になっていて、さらには通気性まで考慮されている優れものなんだよ。そのうえですごく軽いから動きやすい設計になってるの。見学に来た時に着させてもらった」

「へぇ、そんなにすごいのか。まぁ物は試しというしな。とりあえず着替えるか。僕はこっちのロッカーを使うから潤華は向こうのほうを使ってくれ。終わったら声をかけるから」 

「わかった。絶対覗いちゃだめだからね」

「しねぇよ、そんなこと」

 ふふふ、と穏やかに笑って潤華はロッカーのほうへと歩いていった。

(今の笑い方は本物みたいだった。でも、あれを見た後だからかどうしても偽物に見えてしまう。より高度に笑顔を張り付けたような)

 そんな考え事をしながら服を脱いでいたら潤華よりも着替えるのが遅くなっていたらしい。

 向こうから僕の着替えを催促する声が聞こえてきた。

「イザヤ? イザヤってば‼ もう着替え終わったの?」 

「ん? あぁ悪い。もう終わる」

 さっと戦闘服を着て、自分が来ていた制服をロッカーの中に押し込んだ。

 確かに軽くて通気性がよく、とても動きやすい。そのうえでしっかりと伸縮性まで考慮されていて、誰が来ても使いこなせるようになっていた。

 振り向くと、潤華はさっきまでつけていたニット帽からバンダナのようなものに変わっていて、動くからその格好になっていたのだろうけれど、それなら脱いだほうがいいように思う。

「悪い、少し考え事をしていたら遅くなった」

「もう、女の子より着替えが遅いから何してるのかと思ったよ。もしかしたら本当に覗きをしようとしてるのかとも思ったんだから」

「だからそんな餓鬼みたいなことしねぇ」

「本当に? なら何を考えてたの? ちゃんと言えるよね」

 一瞬言葉に詰まった。潤華の笑顔は張り付けたものなの? その笑っているのは偽物なの? 

 そんなことを初対面の人間に聞けるわけもない。

「別に、試験の内容について考えていただけだ」

「ふーん、まぁいいや。それも大事なことだしね。作戦を考えておけって試験官の人も言っていたし。でもさぁ、それって無理だよね」

「そうだな。試験の内容を知らされてないから、何も決められないよな」 

「だからやっぱりこの時間は、互いのことを知る時間に用意されてるんだと思う。自分の得意な戦い方。得意な武器。その逆も。そのうえで立ち回りを考えるんだと思うの」

「まぁそういうことだろうな。それくらいしか決められないだろ・・・・普通の人たちなら」

 そう、普通の人たちなら。けれど僕たちは違う。もっと話さなければいけないことがある。

 もちろん、互いの素性についてだ。誰かに聞かれることのないこの状況が絶好のチャンスだ。

 さっきの場所では言えなかったことが、今なら存分に話せる。

 きっと潤華も同じように考えていることだろう。僕と同じなら、自分の素性はそう簡単には話せないだろうから。

 潤華は僕の含みのある言い方を察したのか、自分のニット帽を外そうとしたが、その手を一度離して、僕の顔を見つめてきた。

 「私のことを話す前に、イザヤのことを少し知りたい。イザヤはどうしてこの学校に・・・・魔族狩りになろうと思ったの?」

「今話すことか?」

「うん。私たちみたいな人達は、そう簡単に目指す世界じゃないと思うんだけど・・・・目指しちゃいけない世界だと思うんだけど」

 目指しちゃいけない? まぁ考えてみればそうか。魔族が人間の中に混じって魔族を狩るなんて、そんなの許されるのだろうか。いや許されない。本来ならこちらが狩られる側なのだから。

 それを知っていながらこの世界に飛び込んでくるには、何かしらの理由があるはずだから。

「そうだな。端的に言ってしまえば、ある人に魔族を狩る依頼をされたからだな。僕が絶望していた時に生きる理由を与えてくれた。僕はその人の助けになりたかったから」

「そうなんだ。イザヤは人助けのためにこの世界に飛び込んだんだね。すごいじゃない」

「いや、そんなことはないよ。互いが互いを必要として、成り立ってる協力関係だから。それより潤華はどうしてこの学校に来たんだ?」

「私は、私は・・・・」

「潤華?」 

「ううん。私もイザヤと同じ。人助けをしたかったからだよ。私もいろんな人の役に立って、救われる人が多くいればいい。両親にそう言ったらね、喜んでくれたの。だから私は魔族狩りになっていろんな人を救いたい」

 一回言うのを躊躇ったのは、勘違いなのだろうか。

 一回言い淀んだのは気のせいなのだろうか。他の理由があったんじゃないか。

 でも僕はそれを言及するべきなのだろうか。僕だって全部は言っていない。潤華にだって隠したいことの一つや二つはあるだろう。

「そっか二人とも人助けのためか。どれだけ魔族だって言われて蔑まれて、誹謗中傷を受けても、人の役に立ちたいって言うのはみんな変わらないもんだよね」

「え、潤華は自分が魔族であることを周りに言ったのか? なんでそんなことを」

 僕は潤華の肩をつかんで詰め寄った。

 そんな危険な行為を平静としてきたというのなら、魔族になりたての僕には言われたくないだろうが、注意するべきだった。

 けれど潤華はすごく驚いた様子だった。僕の言葉を理解できないようだった。それに僕の言葉を不快に思っているな、そんな表情をした。

 眉間にしわが寄せて不機嫌な雰囲気を醸し出している。さっきまで笑顔だったのに。

「ねぇ、イザヤ。私、自分たちのことを魔族って言うのは嫌いなの。法的にも私たち半魔ハーフデーモンは人間としての権利を得ているから。イザヤは自分のことを魔族だと思い込んでるのかもしれないけれど、私たちは人間だよ」

「半魔? なんだそれ。僕らはれっきとした魔族だろ。いや僕も魔族になってからそんな日が立ったわけじゃないから、れっきとしたと言うには語弊があるが」

 僕と潤華の言葉に食い違いが出ている。

 彼女の反応から見て、そもそもの僕らの互いの認識に食い違いが出ている気がする。

 潤華は自分の肩をつかんでいる僕の手を一度どかして、

「ねぇイザヤ、一つ確認させて? 私たちは半魔。生まれつき人間の身体に、魔族の力が備わっている。違う?」 

 と確認をとった。

 潤華の言っていることがわからない。僕の生まれは普通の人間だ。ほんの三日前魔族になった。生後三日の魔族だ。

 けれど僕と彼女の認識が違っていることくらいはわかる。ということは僕の正体は知られずとも、怪しまれるのは確か。このことを他の人に言われる前に何とかしなければ。

 けれどそこにいた潤華は、とてつもなく冷たい目をしていた。

 冷たく、寒い。部屋の空気が凍てつきそうなほどに冷たい目を。

 怒りとか、喜びとか、そういう感情がこもっていない。ただただ冷たい、何の感情もなく、目に光が消えていた。

「なんだ、イザヤと私は違うんだ・・・・同じ類の人だと思って期待した私がばかだった。いや、私が勝手に期待しただけだから、イザヤには関係ないか・・・・もう・・・・いいよ」

 声色までも何の感情も宿っていなかった。ただその事実を言葉にしただけ。

「この試験だけやって、もう私には関わらないで。私たちの間には何もなかった。イザヤのことも誰にも話さないから。イザヤが何者で、何を抱えてるのか知らないけど、もうどうでもいいよ。私には関係ない」

 そう言って、まだ時間になったわけでもないのに潤華は部屋を出ていった。

(さっきと同じだ。さっきより笑顔を張り付けてないだけにもっと、ずっと冷たい。どうしたらあんなに冷たい顔ができるのだろうか。どうしたらあんなに冷たい声が出せるのだろうか・・・・どうすればあんな無感情が出来上がるのだろうか。)

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