出会う少女は2

 学園の校門をくぐってすぐのところに、編入試験を受ける人のための受付が設けられている。僕はその受付に近づき、自分の名前を言う。

「編入試験を受けに来た新堰イザヤです」

「新堰さんですね。受験票を見せてください・・・・・・はい、確認できました。それではこのバッチを左胸の辺りにつけてください。校内を歩く機会がありますので、在校生と受験者を判別するものです。それと他の受験者とイザヤさんを判別するものにもなりますのでなくさないようにお願いしますね」

「はい」と、二つ返事をしてその場で名札のようなものをつける。

 受付の人に言われた通りの道のりを進み、受験者の待機室に向かった。中にはおよそ百人以上の人が集まっていた。

 まだ集合時間の十五分前であることを考えると、まだ人数は増えそうだった。

 編入試験で合格できる人数はおよそ五十人ほどとされているから、今でもすでに倍率は二倍以上、これ以上増えるとなるとかなり多くの人間が落とされることになる。

 僕は指定されている席につき、深呼吸をして自分を落ち着かせる。

「おい、ずいぶんと弱弱しい奴がなんでこんなところにいるんだ? ここにいていいのは魔族を狩れる優秀な人間だけだぞ? 俺のような人間がな」 

 僕が席で自分を落ち着かせようとしていると、大柄の男が僕に話しかけてきた。

 いかにもな肉体。見える肉体の八割以上が筋肉でおおわれているような、いかにも自分は強いですと見せつけている。いやこれもアピールの一種か、『自分はお前よりも強い』そうやって見せつけておくことで、委縮させようとしているのだろうか。

「お前みたいな弱弱しい人間は、普通の学校で俺たちのような強い人間に守られていればいいんだ。な、わかったら身の程をわきまえてさっさと本当の居場所に帰りな」 

 あぁ、そうやってほかの人間のやる気をそぐ気か。見た目だけなら僕よりはるかに強そうなやつだ。そうやって弱そうな人間のやる気をそぐことで、ライバルを減らしているのか。

 実際周りの人たちの中には、すでに意気消沈している受験生がたくさんいる。

 なんとも姑息だな。実際こいつの力を見たわけじゃないけれど、見た目だけで他人の心を動かそうとしているなんとも浅はかな策。

「うるさいから自分の席に戻っていてくれないか。僕にかまう暇があるなら、黙って自分の席で自分のことを落ち着かせているほうがよっぽど有益だと思うが。それともお前みたいな筋肉しか能のない奴は、他人を威嚇していなければ落ち着けないのか? だとすれば申し訳なかった。お前の人生観を否定した」

 男の額に血管が浮かび上がっているのがわかる。

 わざと煽るような言い方をしたが、ここまで単純に引っかかるとは想定もしていなかった。それともよほど自分の筋肉に自信があるのか。

「お前みたいな弱い奴が俺を馬鹿にしていいと思ってんのか。俺はなぁ、代々魔族狩りをしてきた草家の長男、草篤彦くさあつひこ様だぞ。その俺が辞めたほうがいいと忠告してやっているというのに・・・・舐めた口きいてんじゃねぇぞ」

 そいつは僕の胸ぐらをつかんで、僕を席から立ち上がらせる。

 周りが野次馬のごとく僕らのやり取りを見ている。そしてその誰もがこの男の肩を持っている。よっぽどその草家という家柄が怖いのか、たてをつけば自分もこの場にいられないと思っているのか。

「お前、さては何も知らない田舎者の人間か? だったら教えてやらないとな。この世界が実力主義で成り立っているのかというのかを。俺のような、幼いころから魔族狩りになるためだけに育てられたエリートとの格の差というのものを。さぁ、歯ぁ食いしばれ」

 男は僕の胸ぐらから手を離して、僕のことを突き飛ばす。

 僕は壁に背中を打ち付けた。痛いなと思いながら草のほうに視線を向けると、拳が飛んできていた。

 驚いた・・・・あまりにも遅すぎる。どうすればこんなにも遅くて、弱い攻撃ができるのだろうか。避けてくださいと言わんばかりのものだ。

 そんな腕っぷしでよく魔族を狩ってきたと誇れたものだと言えるほどだ。もはや僕が強いのか、こいつが弱すぎるのかわからない。

 だから僕はその拳を右手で容易に止めて見せた。

「・・・・・・えっ」

 草からも、周りの野次馬からも、そんな言葉が出てその場の時間が少し止まった。

「・・・・っは。まぁ今のは全然本気じゃなかったからな。次は本気で行くからな。歯、食いしばっておけ」

 そうして僕につかまれている拳を引こうとしたが、僕はそれを離さない。

 それどころか手の骨が折れる手前の力加減でその手を握った。

「っ痛‼ おい、放せ。そんなに次食らうのが怖いのか。まぁまぐれで止めただけだからな。怖いから俺の手が離せないでいるのか。この臆病者め」

 こいつは何言ってるんだ?

「勘違いしてるみたいだが、別にお前の攻撃を怖がってるわけでもないし、止めたのもまぐれでも偶然でもない。

 魔族を狩るために育てられたエリートのはずが、敵を前にして全力で狩りに来ないとはな。お前は魔族に自分の攻撃が止められた時、『これは本気じゃなかったから、次は本気で行くから手を離せ』というのか? 

 悪いが魔族に言葉は通じないぞ? こちらを待つという知能はない。あるのは食欲を満たすための欲望だけだ。もし僕が本物の魔族ならお前の手はなくなってるぞ」

 僕がたったの数日で覚えたことだ。

 後ろから何匹も束になって襲ってきたこともあるし、僕がほかの魔族を狩っているところを横から漁夫の利を得るように襲い掛かってきたこともある。

 奴らに人間の価値観が通じない。それを魔族狩りを志すなら肝に銘じておくべきだ。

 たとえ相手が人間であったとしても、変わらない。そもそもこの男だってほかの人のやる気を全力をもってそいでいたんだ。本気で僕にわからせたかったのなら殺す気で来るべきだというのに。 

 握る手の力を少しずつ強くしていく。

 草の顔が痛みで歪んでいく。周りの人間もざわつき始めた。

「エリートのはずのお前がそんなこともわからないのか? 教わらなかったか? 敵を前にしたときは全力で仕留めに行く。僕はそれが当然だと思っていたのだけれど」

 っぱっと手を離せば草は後ろに後ずさる。

 僕はその距離を歩いて詰める。草は僕の顔を見て恐怖でさらに後ろに後ずさった。

「僕がそんなに怖いのか? 魔族を狩るために育てられたエリートが? 僕なんかより怖い魔族は山ほどいるぞ。僕ごときで怯えていては、魔族狩りが務まるとは思えないけれどな。お前こそここにいるのがふさわしくないんじゃないのか」

 僕の笑顔を張り付けただけの顔がよっぽど怖いのか、草も周りの野次馬も恐怖で怯え切っていた。

 相手を威嚇する方法、戦意喪失させる表情、オーラの出し方。リアンから聞いたことだ。

 でも彼女が知っていたわけじゃない。リアンは戦い方を知らないから、死んだ彼から聞いた方法だそうだ。

 この三日間その感情のコントロールの練習をしていた。それがこんなに簡単に効いてしまうのだから、練習した甲斐があったというものだ。

「ん? どうした。言い返す言葉もないのか。悔しいだろ? 何か言い返してみろよ」

「べ、別にお前なんか怖くなんかねぇよ。た、ただ・・・・ただ・・・・・・」

「ただ、なんだ。続きは? 何が言いたい」 

 僕が少しずつ距離を縮めるごとに草は恐怖に顔をゆがめた。どんどん青ざめていくし、足もがくがくふるえている。僕なんかより人一倍大きいであろうその巨体を、恐怖で震わせていた。

 と、そこにこの状況を邪魔する存在の乱入が入った。そう、試験官だ。

「そこまでだ。試験前から喧嘩とはいい度胸だな。もう試験を始めるからさっさと席に戻れ」

「そう、ただもう試験が始まるからな。お前との茶番に付き合ってる暇なんてないんだ」 

「そうか、それもそうだな。悪いな、気が付かなかった」

 僕が席に戻ると、足を震えさせながら草も自分の席に戻っていった。周りの人間にあざ笑われながら。

 自分から啖呵を切っておいて負けた敗北者だとか、負け犬の遠吠えだとか、さんざん言われていた。

 草の顔は羞恥と、怒りから真っ赤に染まりきっていた。

 それもそうだろう。家柄を誇示して他人を従わせていたのに、何者でもない僕なんかに威圧されて言葉も返せてなかった。そんな奴のどこがエリートなのだと罵られても可笑しくなんかない。

 自分もさぞ恥ずかしかったのだろう。机に座るなり顔を突っ伏してしまっていた。

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