旅立ちの準備6

 けれど私にはわかります。素直に味の感想を言っているわけでもなく、何をしてくれているのかと怒っているわけでもない。どちらかというと感謝しているような、あれだけ私に怒った手前、素直に感謝できずこういう形でしか表せなかったのかなって。

 自分の血位なら誰だって舐めたことがある。

 吸血鬼になれば血の味の変化を感じ取れることができるから、今飲んだ私の血の中に母親の血が混じっていたことを感じ取ったのでしょう。

 本当にイザヤがあの人間に対して謝りたかったのか、それは私から見てそう感じたからとしか言えませんが、少なくとも私の思いを彼はわかってくれた。それだけでなんだかとてもうれしい。

 そういう素直に口に出せないところもやっぱりあの人に似ている。素直に謝れず、素直に感情を口に出せないところも、それでも私を傷つけずに自分の気持ちを伝えようとするところが本当に似ている。愛しさがあふれてしまう。

 たった二日一緒にいただけで愛しさが出てしまうのは、イザヤがどうしても彼に似ているからなのだと肌で実感してしまった。

 私は愛しさを抑えきれず、彼の横に寝そべりました。

「どうした? 昼間寝たんじゃないのか? それともまずいって言ったこと怒っているのか?あれは・・・・」

「わかってる。別に怒ってないし、言いたいこともわかるから。ただこうやって横になっていたいだけ。それだけ」 

「そうか」それだけ言ってイザヤは私の髪を撫でて弄り回した後、疲れたのか、また目を閉じて寝息を立て始めました。

 こうやって一緒に横になって、髪を撫でてくれる。優しい言葉をかけてくれる。それだけでとても嬉しかった。

 けれど、どこかで私は私に問いかけるときがある。本当にこのままイザヤを好きになっていっていいのだろうかと。

 別にアレスのことで悩むわけじゃない。彼も忘れていいって言っていた。だからアレスに対して罪悪感があるわけじゃない。ないわけでもないが。

 ただ私と違ってイザヤは人間もどきの吸血鬼。対して私は身も心も完全に染まってしまった吸血鬼。魔族だ。

 魔族を滅ぼすという目標を達成させるということは、私もいずれは消えるということ。

 いずれ来る別れがわかっているのに、このままイザヤに近づいて私は後悔しないだろうか。その時私は泣かないでいられるだろうか・・・・イザヤは泣いてくれるのだろうか。その顔を見て、私は何を思うのだろうか。

 まだそれがまだまだ先のことだと分かっていたとしても、怖い。怖いからまた愛しいイザヤにすがってしまう。 

 どうしたって私は弱いんだ。彼の横に居れるだけで安心できる。あぁ、私は弱い・・・・

 

 三日はあっという間に経った。身体を慣らすためにリアンに教わったトレーニングをして身体能力の向上に努めつつ、トレーニングと能力の向上、魔族撲滅を兼ねて魔族も狩る。

 三日の間に何体殺したかわからないくらい倒した。中にめぼしい能力を持った者はいなかったのが残念だが、それでも身体能力は三日前よりはるかに向上しているのが自分でもわかった。

 そして迎えた編入試験の朝。

 いつもより少し早い時間に起きれば、リアンがまだ起きていた。

 五時前だけれど太陽はもうすぐ昇り始める。いつもは三時ごろには眠るのだと言っていたのにどうしたのだろうか。

「リアン、おはよう。まだ起きていたのか。もうすぐ太陽が昇るぞ。早く影に入らないと」

「うん、わかってる。ただ今日イザヤの編入試験があるから、それの応援をしたくて、いてもたってもいられなかったから。ほら、朝食も作ったんだよ」

 机にはご飯に、みそ汁、カツの卵とじに漬物というメニューが並べられていた。

 けれどリアンは普段料理をしない。しているところを見たことがない。

 それもそうだろう。料理をする必要がないのだ。そのまま食べてしまうだけだから。

 それに人間の料理を作れることも初めて知った。

「リアンは料理できたのか。初めて知った」

「簡単なものならできるよ。人間に紛れて過ごしていた時に、簡単なものの作り方を習ったから。それにイザヤが寝ている間に本屋? というところに行って、人間の料理の方法がたくさん書いてある本を買って、スーパー? というところで材料を買ってきたからイザヤでも食べられるはず。味も大丈夫だと思う・・・・多分」

 確かに僕の財布の中に入っていたお金が少し減っていて、キッチンには本屋で買ったのであろう本と、カチャカチャになっているキッチンがある。

 卵を割るために角で叩いたのだろうが、力加減がわからず、至る所に白身が飛び散っているし、パン粉や小麦粉でキッチンは粉まみれだ。

 調理器具の扱いにもなれていないからか、どこの現場かと思うような血が包丁にもついているし、リアンの手にも絆創膏がグルグル巻きにされていた。

 お金は二人で共同で使うからいいのだが、物をそこまで散らかさなくても料理はできるだろうと思いながらも、初めてなのだからいいかと微笑ましくなった。

「人間はこういう大事な時にカツというものを食べるんでしょう? だから作ってみたの。食べてみて」

 僕は椅子に座って、おいしそうに盛り付けられている朝食を食べる。

「おぉ、美味しい。すごく美味しいよリアン」

「本当⁈ よかったぁ。これであってるのかすごく心配だったし、私じゃ正しい味なのかがわからないから・・・・はぁ、安心したら急に眠気が襲ってきた。ふぁぁ、それじゃあ私は寝るね。イザヤ、今日は頑張ってね」

 そう言ってリアンは僕の影の中に入っていった。

(リアンも応援してくれているし、なんとしてでも合格しなければな。できることはしたし、頑張ってくるか)

 リアンが作ってくれた朝食をかみしめながら食べて、準備をする。

 軽くランニングをして身体を起こし、風呂に入って頭を覚醒させる。

 そして今日できるのが最後になるであろう僕が通っていた制服に袖を通して、玄関を開け試験会場である星鳳学園へと歩き始めた。

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