旅立ちの準備4

 夜の街を歩きながらそんなことを考える。そんな今更な無益な考えを。

 すんと匂いをかぐと、そこら中から魔族の匂いがする。

 魔族は夜になると活動が活発になるとリアンから聞いていたが本当だったようだ。至る所から魔族の匂いがする。こんな中で普通に僕らは暮らしていたんだと、改めて思い知らされる。よく普通に生活できていたよな。

 昼間に人間が密集しているところに魔族は現れず、闇夜に紛れて人を襲う習性が魔族全種に共通しているけれど、それでもどこかで出くわしてもおかしくないくらい、匂いはいろいろなところから嗅ぎ取れた

 それはもういろんなところから魔族の匂いがするから、どこへ行けばいいのかわからず、とりあえず匂いの濃いほうへ向かうことにした。

 匂いが濃ければ、それだけ魔族も近くにいるだろうと思ったから。

 そうしたら、案の定数分歩いた先に魔族を発見した。

 ウサギに角が生えたような形の魔族に、蛇の形をした魔族、さらには体調が僕の三倍はありそうで、手の爪はリアンが吸血鬼化しているときの爪とは比較にならないくらい大きく、鋭いクマの魔族とよりどりみどり。

 いくら人里から離れた場所だとしても、こんなに生息していたなんて知りもしなかった。

 けれどリアンの話を思い返せば今、日本には千万匹以上の魔族が生息しているんだよな。だとすればこのくらいならいても変に感じることはないのだろうか。

 僕は身をひそめながら近づいていく。リアンに教えてもらったゴブリンの能力を使う。

 〈ステルス〉。自分の匂いを消し、位置を悟らせないようにすることができたり、または何かに自分の匂いを付着させ自分の位置をかく乱することができる、自分の体臭を操る能力。

 自分の位置がばれていなければ、体臭に気づかれることなく接近ができる。

 ゴブリンが放つ体臭はかなり酷く、人間でも遠く離れた場所から勘づくことができるのだから、動物型の魔族ならばすぐに察知できてしまう。

 ゴブリンが身を隠すのに適した能力だと言える。

 リアン曰く、同族の匂いはわかりにくいらしく、あの場で能力を使っても成功しているのかがわからないらしい。だから試すなら異種族にということであの場は保留されていたが、どうやら効果ありのようだ。

 気配をひそめ、自分のにおいを消して近づけばこんなところまで近づける・・・・クマの魔獣の真後ろまで。

 接近されていることに感づいていない魔族はどっしりと座り休んでいる。

 僕はその首を背後から蹴り落とした。

 一度ゴブリンを殺した感覚があるからか、骨を砕いた感覚も、脳みそを潰した感覚も気持ち悪いという感覚が激減していた。

 それともこれも吸血鬼の身体が馴染んできた証拠なのだろうか。戦闘することに長けている男性型の特徴が出てきたのだろうか。

 魔族は断末魔を上げる間もなく首から血しぶきを上げ、辺りが血だまりとなる。

 それに反応したほかの魔獣も戦闘態勢に入るが、そこは魔族。力の差をわきまえている。

 この場で一番強いであろう魔族を一蹴りで葬った相手には勝てないと悟り、臨戦態勢を解き、自分に戦う意思がないことを伝える。ここで僕に攻撃して返り討ちにあうことを嫌った。

 もともと縄張り争いでしか魔族間での戦闘をしないのが、魔族に共通している点であるため、弱肉強食の世界が人間よりもより強い世界線だ。わざわざ自分よりも強い魔族に正面から噛みついたりはしない。

 けれど僕は容赦しない。そもそも僕は魔族の考えで動いていないし、僕にはお金もない。だからこの魔族からは魔石をとらせてもらおう。リアンも最小限でいいと言っていたが、他は魔石にしてお金を稼ぐことを推奨されていたから。

 そもそもリアンと魔族を絶滅させる約束をした。なら少しでも数は減らすべきだろう。そうして自分の事を正当化した。

 結局のところ、僕もお金が必要なのだ。いくら人間が魔族を狩る理由を僕が嫌ったって、人間への考え方が変わり嫌悪したって、人間の世界に紛れて生きていくうえで、必要なものは必要なのだ。

 だから僕はここにいる魔獣には申し訳ないが、その命を殺めた。クマの魔獣と同じよう苦しまないように一撃でその命を刈り取る。ただ逃げようとする魔族をしとめることなんて造作もなかった。

 馴染み始めの吸血鬼の身体とはいえ、それでも吸血鬼の身体能力。

 かつて、世界中でその名を轟かせた最強の一角を担っていたのだ。一部だけでも、そこらの魔族なんて比べ物にならないのだ。

 死体から魔石を取り出すと、その身体は灰となり宙に霧散していった。

 肉体も食してあげるべきなのだろうが、いかんせん僕は魔族を口にできない。したことがない。今ここで試すべきことではない気がした。こんなところで魔族を食べて体調を崩して帰れない、なんてことになっては元も子もないからな。

 僕は首が取れたクマを担いでこの場を離れることにした。

(誰かに見られるわけにはいかないからな。急いで帰ろう)

 せっせと魔族を抱えて帰路についているときだった・・・・会いたくもない人と出会ったのは。

「イザヤ? イザヤなの?」

 僕の前に現れた女性。その姿に僕は見覚えがあった。ないはずがなかった。

 僕の母親。元母親。僕を見捨て、父親と魔族を狩ることを楽しんだ人間。今僕の中で最も嫌悪する人間の一人。

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