旅立ちの準備1

 僕らの住んでいた街から少し離れた場所にある高校は、魔族の被害を受けずに済み通常通りの授業が行われているが、魔族の被害にあった生徒は少なからずいた。

 鈴蘭のほかにも亡くなったとされる生徒は多くいたし、家族を失った生徒もいた。だから休んでいる生徒も多くいた。

 職員室に入ったときに、授業のない先生が電話対応にかかりっきりで、会話の端々から多くの生徒が被害にあったのだと感じられる。

 職員室の中を眺め、自分の担任を見つけると近寄り、

「そうです。この学校を辞めます」

 担任にそのことを伝えれば、当然だが驚かれたし、反対された。

「どうして急に、今学校を辞めてどうするんだ。働くのか? やめたほうがいい。あとで絶対に後悔することになるぞ。その・・・・ご両親のこととか、鈴蘭のこととか残念だったが、それでお前がしょげていたら顔向けできないぞ」

 担任が善人ぶっているし、鈴蘭の事を悲しんでいた。それを聞く気は僕には毛頭ない。

 ここで学校を辞めたら後悔する? 何も知らない奴が知った口をききやがって。ここでやめなかったほうが後悔する。こんな奴のいう言葉なんて、所詮教師であるための建前上のものだけだ。

「いえ、なんと言われようと辞めます。それに働くわけじゃないです。星鳳せいおう学園に行きます。やりたいことができたので、ここにいる意味がなくなっただけです」

 星鳳学園。

 日本中にある魔族狩りを志す人が通う学園の中でも、よりエリートだけが通うことができる難関校の一つ。

 日本に存在する魔族狩りを輩出する学園でも、最も生徒が多く在籍し、日本国内でも著名な魔族狩りが星鳳学園出身だなんて話は、よく耳にすることだ。

 毎年入学試験では二千人の魔族狩りを志す生徒であふれかえるという。

 現役で入学を狙う者、留年してでも通おうとするもの、様々な人が集まり、毎年十倍以上の受験倍率になるのだという。

 しかし星鳳学園は学園の意向として、〘来るもの拒まず。去る者追わず。すべては生徒の自由意思〙が学園の考え方らしい。

 だから月に一回編入試験を行い、毎月挑戦する生徒も後を絶たないのだとか。

 ここに来るまでに魔族狩りの育成校を調べていたら、星鳳学園が日本で最も支持率が高い育成校で、さらには今から最速で魔族狩りになるのに適していた。

 リアンとの約束を果たすため、より強い魔族狩りの協力者を作るためにはうってつけの学園だと言える。

 しかし、担任は僕の言葉を聞いて嘲笑うように言った。

「星鳳学園? はは、冗談はやめておけ。イザヤみたいな一般人が行けるような場所じゃない。悪いことは言わないから、このままこの学校にいるほうが後悔しない。イザヤの成績なら大学や就職の選択肢はある。このままのほうがイザヤの人生にとっていいと先生は思うぞ。なにも無理なことに挑戦することはないんじゃないか?」

 この言葉に僕はカチンと頭の中でなったのが分かった。

 担任を睨みつけ、僕自身聞いたことのないようなドスの利いた声が自然と出た。

「先生? これからの人生は僕が決めることですので、あなたの指図は受けたくないのですが」

 なぜか思っていたことを口に出してしまった。失礼なことを言った。

 笑顔は張り付けていたつもりだけど、怒っていることくらい誰だって気付けるくらいには声が低くなっていた。

 それも僕にとっては驚きだったのだけれど、それ以上に驚くことが起きた。

 先生が異様に怯えているのだ。肩なんてがくがくふるえている。

 確かに怒り交じりの言葉だったけれど、ここまで怯えられることなんてないし、この人は大人で、先生だ。つまりは僕より立場が上にある。そんな人が立場の低い生徒一人が暴言を吐いたくらいでこんなに怯えるものだろうか。目の表面には涙が溜まっていた。

 周りの先生を見ても同様に怯えていて、女性教師なんて腰を抜かして机の下に隠れて、身を守るような体制をとっていた。

 周りの人が、何をそんなに怯えているのかわからないが、何となくこの場を離れたほうがいい気がして、僕はそのままその教師の机に退学届を放り投げて、一ヵ月しか通っていない学園を後にした。

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