微睡の中で少女は出会う
私は夢を見た。イザヤの影で寝ている間に夢を見た。
みんなと過ごした森の中。辺りには自然しかない静かな場所。
足元には血だまりがあるのに、みんなの姿がどこにも見えない。寂しさであふれかえった故郷に私は一人で立っていた。
あぁ、なんて悲しい夢だろうか。誰もいない故郷に一人で立ち尽くすだけの夢。そんな苦行があるだろうか。そんな風に悲嘆に嘆きたかったとき、その人は現れた。
私が逃げた方角から、ゆっくりとこちらに向かってくる。
私の愛する人。けれどこんな姿では見たくなかった。
片目は潰れ、足を一本失い、手の指はすべてなくなっている。最後まで仲間のために戦い抜いた。逃がした私に敵の手がいかないようにその道を最後まで守り通した。その戦いの痕。
悲惨で、惨たらしくて、痛々しいその姿を見ても、私の中にあふれかえるのは彼への愛情ばかりだ。
だから私は彼に近づいて触れようと手を伸ばす。けれど触れられない。夢だから。そんなのわかってる。けれど触りたくて仕方がなかった。
二度と会えないと分かっていた彼に、もう一度会えたのだから。そんなの当然じゃないか。
『リアン、君にこんな形でまた会うことになるなんて。いや、会ってはいないのか。これは君の夢で、想像で、妄想だ。僕に会いたくなったその気持ちが強いから、こんなところにまで想像でも来てしまったんだね。それも彼に会ったことが原因なのかな』
そう、それも理解している。私が故郷の夢を見るのは彼に出会ったから。イザヤに出会ったからだ。
彼に重ねてしまったからだ。彼、アレスの姿と瓜二つなイザヤに出会ったから。
姿だけじゃない。声色、体格、顔のパーツの配置など、ほかの細部に至るまでもが彼に瓜二つだ。髪の細さ、指の長さ、触れたときの肌の感触。
彼が私の前に現れたその時にはもう理解した。
イザヤは彼の『転生者』であることを。
あぁ、どうして最後にしようと決めた彼が彼だったのか。
どうして私の会いたい人が最後に現れたのか。
身体の底からあふれ出すもう一度アレスに会えた喜びと、まだ続く虚しい現実が、偽物の彼に会って喜んでしまう私への虚しさが、その時の私に襲ったのだ。
「そうだね、全部彼のせいだよ。だって優しいところまで全部あなたそっくりだもん。その細い指で頭を撫でられた時、私は幸せでいっぱいだったよ。でも、話している節々で感じてしまうの。彼は人間で、あなたとはどうしても違う存在なんだって。どうしても考えてしまうの。彼と一緒にいていいのかって。どうしても、彼を巻き込みたくない自分がいるの」
もしイザヤが彼と同じ末路をたどったら? 最後まで私のために自分の命を懸けるのだとしたら?
私のせいで彼が命を落とすのだとしたら・・・・・・考えるだけで私は私が嫌になる。彼を巻き込んだ自分が。また同じ道をたどろうとしている自分が。こんな負の感情しか出てこない私が。嫌いだ。
前向きに、私のために自分の身を粉にしようとしてくれている子がいるというのに、私がこんなに後ろ向きになっているのが嫌だ。
だからだろう。夢だけでも、この場所に戻ってきてしまったのは。教えてほしかったから。私がどうするべきなのか。
昨日話していながら罪悪感に苛まれた私は、答えをこの人に教えてほしくて、この場所に行きたいと願っていたのかもしれない。
「ねぇ、私はどうしたらいいの? あなたとの約束を果たしたい。幸せに過ごせる日を、私は作り出したい。
けれど彼の姿を見ると、どうしてもあなたと重ねてしまうの。彼には死んでほしくない。きっと彼もあなたと同じだから。私に生きろと言うの。そうすると怖い。どうしようもなく怖いの。彼と話している間、心の奥底はずっと震えていたの。怖いよ。怖い・・・・でも、それでも、一緒にいたい・・・・」
私はうつむいてしまった。彼の顔を見ていられなかったから。
彼の顔を見ていると、私のために命を落とした彼への罪悪感と、巻き込んでしまったイザヤへの罪悪感が同時に襲ってくる。
私が罪悪感に苛まれていたら、頬が暖かいものに包まれて正面を向かされた。
本当に暖かいわけじゃない。これはきっとイザヤが外を歩いていて、太陽の光による熱を夢の中で彼の温もりに変換して、そう感じているだけだ
それでも彼の温もりに触れているみたいで、その大きな手に頬を覆われるだけで当時の彼の手を思い出す。
そんなのずるい。私からは触れないのに、彼は私に触れるなんて。
罪悪感に苛まれていた次は嫉妬心。本当に自分のことが嫌になる。
『リアン、それは彼に失礼だろ、巻き込んでるなんて考え方は。彼は彼の意思で君の手助けをすると決めたんだ。仕方なくなんかじゃない。
だったら君がしなくてはいけないのは、恐怖におびえることじゃない。彼のことを信じてあげることだ。彼が死なないように君も考えることだ。過去を繰り返したくないのなら、過去に震えないことだ。どうすればいいのか、どうすれば彼を苦しませずに済むのかそれだけを考えるんだ。
いいかい、僕らのことで恐怖におびえるのはもうやめにしよう。そもそも僕らが死んだのは君のせいじゃないし、僕らは喜んで君に託したんだ。それが重荷になっているというのなら、そんなものは捨ててくれて構わない。ただ君がどうしたいかでこれからを決めるんだ。僕らのためじゃない。今、目の前にいる彼とどうするかだ。大丈夫。彼と君ならやれる。君が彼の意思を尊重してあげれば彼は必ず答えてくれるだろうから』
もっと話したいことはあった。
みんなのことを捨てる? そんなことができるはずない。
けれど夢が終わる感覚が私を襲う。もう彼に会う機会はやってこないだろう。彼の顔も、彼の声も聞けない。彼のやさしさに触れることもない。
それが怖い。けれど怖がっていてはいけないんだ。
そうしたらまた過去を繰り返すだけ。なら私がしなければいけないことは目の前の彼のことだけを考える。それだけだ。
彼を信じて私ができることをするだけ。それしかできないならそれを全力でするだけだ。
彼にそう言われて、そのアドバイスを受けて、私は決める。これはきっと自分の意思じゃないのかもしれないけれど、きっとそれが最も大事なことだ。
私は目を覚まし、イザヤの影から出たときには外はもう真っ暗で、彼はソファで資料に一生懸命目を通していた。
私の第一声は、
「おはようイザヤ。これから頑張ろうね」
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