リアンの過去2

「私を逃がすために大勢の同胞が命を落としました。敵に背を向けて、一心不乱に私のことを逃がそうとしてくれたのですから当然です。私たちの集落から遠く離れた場所に来て、最後に見送ってくれたのは私の彼でした。最後に言葉を残して彼は自分の集落へと戻っていったのです」

『いいかいリアン。ここから先、吸血鬼であることをばらしてはいけないよ。人里まで逃げて行き倒れた人間のふりをして、虎視眈々と気を伺うんだ。君さえ死ななければこの種が絶えることはない。そしていつか僕たちの仇をとってくれ。いつか僕たちが静かに、楽しく生きられる時代にするために。ここでリアンを一人にすることは心苦しいが僕は戻る。君とまたいつか、一緒にいられる時代が来ることを同胞と願ってるよ』

「私は彼と一緒に逃げたかったし、これからも一緒に生きていたかった。一緒にいてほしかったし、一人にしてほしくなかった。けれど彼は同胞の元へと戻ることを選びました。それを咎めることは私にはできませんし、彼も吸血鬼の長としてのプライドがあるのでしょう。長の自分が同胞のことを捨てて、長である自分が敵に背を向けることが彼自身許せなかったのでしょう。だから私は彼が集落に戻ることを止めずに、そこから必死に逃げるだけでした。

 涙を流すことすら許されない気がして、そんな気力があるのならもっと遠くに逃げろ、と私は自分に言い聞かせたのです。そうして私は近くの人里にたどり着いて、彼の言う通りにして人間のふりをして生きました。もともと人間だったので人間のふりをするのは容易でしたが、気を伺う、ことが難しかったです。

 私一人では何もできないことを思い知らされました。結局私は周りに支えられていたんだと実感しました。それでも彼との言葉を忘れられず、彼と、またみんなと生きられることを私も願って必死に生きました。だから私が魔族の絶滅を願うのは、同胞の仇を、復讐を果たすため。そしてまたみんなと平和に生きられる時代にするため。私がみんなに顔向けできるようにするため。それだけです」

 必死に話しながら泣き止もうとしていたが、涙を止められなかったのだろう。最初より多くの涙が頬を伝っていた。

 何もできなく、なんて言葉をかけてあげることもできない自分が情けなくもあるが、彼女の気持ちがわかりたくはなかった。

 聞いてるだけでも凄まじく、辛い経験を僕なら耐えられるだろうか。

 鈴蘭という大切なものを失ったことは一緒だというのに、誰の手もつかまず、つかましてもらえず、この先生きていけなんて僕なら耐えられないだろう。

「けれどよかった。イザヤが私を拒まなくて。これ以上私を拒まれたら、私は生きる意味を見失いそうなくらいに絶望していましたから」

 リアンがこちらを向いて、両手を使って僕の手を握ってきた。心の底から安心している。僕の手を自分の額に当ててしっかりと握りしめている。

 僕はこの時、激しい怒りの感情が沸き立ってきていた。

 なんで彼女がこんなに絶望しなければいけなかったのか。なんでこんなに人に拒まれなかっただけで喜んでしまうのか。

 普通に生活していれば、その人に非がなければ、そう簡単に人から拒まれることなんてないんだろう。

 『吸血鬼である』、その事実だけで多くの人間から拒まれた。ただ好きな人を追って吸血鬼になっただけなのに。吸血鬼になって生きていただけで。

 もちろん吸血鬼に完全に非がなかった、とは言えないのだろう。実際見ていないからどれくらい吸血鬼が暴れまわっていたかなんて知らないし、他の種族にそんなに激しく攻撃を仕掛けていたのかは僕には知る術はない。

 でもそれは他の魔族も、そして僕たち人間も変わらないことだろう。他のものも生きるために、他の種族を殺して食す。人間だって毎日のように多くの生き物を殺して食べているというのに。

 結局どの種族も自分たちに都合が悪くなったら、簡単に他の種を拒み、拒絶し、そして攻撃する。それは、単なるいじめじゃないか。

 その結果、悲しまなくてよかった少女が、今こうしてたった一人で絶望の淵に立っている。

 仲間とただ生きていただけ。自分の愛する人とただ生きていただけ。自分の人生を楽しもうとしていただけだ。

 リアンのこんな姿を見て僕は人間にも、魔族にも激しく怒りがこみ上げずにはいられない。嫌いにならずにはいられない。

 間違っていることを正したくて、自分たちがしてきたことを反省させて、自分たちの非を認めさせたい。

 そして何より一番怒りがこみ上げてくる対象は、魔族の始祖だ。

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