正体を知る5

「詳しくは、吸血鬼の性別が深く関係しているのです。

 男性の吸血鬼は生まれたときから戦闘という行為に長けて、優れた身体能力を持ち、他の種を寄せ付けないくらいの膨大な魔力を持っていました。

 ただ、欲望というものに疎く、中でも食欲というものが、欠陥と言えるほどに劣っていました。吸血衝動がなく、空腹という感覚がわきにくい。いくら魔族でも、元が人間なのでその辺は継承してしまっているのです。何日か食事をとらなければ飢えてしまい死んでしまう。

 けれどそれに気づきにくい。戦うことにすべてのステータスを振ったみたいなものです。

 女性の吸血鬼はその逆。ありとあらゆる欲望というものに貪欲で、中でも食事をするという行為が最も好きなのです。一日に何十食と食べる吸血鬼も多くいました。

 ただし戦闘能力も男性の逆。戦いに疎く、種を守る力があまりにも欠落しているのです。魔族の中では最弱ともいえるほどに非力で、大人の人間一人に勝つこともできません。さっきイザヤが私に一人で魔族の始祖を倒せと言っていましたが、私一人では魔族を狩るなんてできません。狩る側ではなく、狩られる側なのですから。

 今まで生きてこれたのも、私が吸血鬼であるという事実があるからです。これだけは、今の人間の無知に感謝しています。もし人間がこの事実を知っていれば私はここに存在していません。とっくのとうに死んでしまっていますから」

「そうだったのか・・・・ん? でも、僕が初めて見たとき、リアンは魔族の死体を持っていたよな。自分で狩ったわけじゃないのか?」

「えぇ。今日、人間の街が魔族に襲われていて、そこで巻き込まれて弱っていたゴブリンを、人間の死体から持ってきた武器を使って殺したものです。

 人間のあなたの前で死体漁りをしたということはいい印象を受けないでしょうが、許してほしいです。私も数日ぶりの食事にありつくチャンスだったのです。私みたいに弱い種が食事につくためには、死体漁りだろうと、不意打ちだろうと、どんな手段でもとらなければ生きていけないのです。今までもそうやって生きてきました」

 そういってリアンは今日使った武器だろうか、槍のようなものを取り出した。

 それには見覚えがあった。今朝見たもの。

 そう、僕の父親が龍を狩るために、嬉々として持っていた槍だ。

「これ、人間の死体からとったって言ったよな」

「えぇ、瓦礫の下敷きになっている人間の手にあったものをとりました。すみません」

「リアンが謝ることじゃない。それより死んだのか。はぁ、息子より金をとったのに、瓦礫に埋もれて死んだなんて、ざまぁないとしか言いようがないな」

 僕の、「息子」という発言にリアンは驚き、そして必死に頭を下げた。

「え・・・・む、息子? もしかしてイザヤの父親のものでしたか? だとしたら申し訳ないです。父の形見を私が生きるために勝手に汚してしまって・・・・」

 リアンは本当に申し訳なさそうにしているが、僕は別に気にしていなかった。

 それよりこんなことを思うのは間違っているのだろうが、ざまぁみろという言葉しか思いつかなかった。

 自分の息子をつき飛ばし、金のために嬉々として動いたのだから当然の報いというべきなのだろうか。清々するし、死んでくれてよかったとも思ってしまう。

 けれど心の底から本当にそう思っているかと言われれば、わからない。なにせそれまでは普通に尊敬していた父親なのだから。

 だから、せめてこうやって形見が最後に見れただけでもよかったのだろうか。それとも形見も見ず、死んだことさえも知らずに、どうなったのかも知らずにいたほうがこんな気持ちにならずに済んだのだろうか。

 父親を怒る気持ちも、蔑む気持ちも、死んだことを悲しむ気持ちも、こんなことを故人に対して感じてしまう罪悪感と。いろいろな感情が交錯して、交わりすぎてわからない。

 リアンから父親の槍を受け取り、眺める。

 うん、やっぱりわからない。今まで育ててくれたこと、尊敬できる父親でいてくれたことへの感謝半分。最後に見た父親の蔑み半分。

 たった数時間のでき事で、ここまで人の印象というのは変わってしまうのか。それしか感じられなかった。

「リアン、本当に気にしないでくれ。この人のせいで僕は絶望を味わった。だから死んだことに対して何も感じられないんだ。だから、最後に君が生きるために使えたのならばよかったのかもしれないな」

「・・・・こんなことを私に言われたくないのかもしれませんが、そんなことを言うべきではありませんよ。絶望だって、いつか晴れる日は来ると思いますから。その時に今日の言葉を後悔する日が来てしまう。自分自身で後悔する未来を作り出すべきではないです。聞きたくないでしょうが、無駄に長生きしてきた私からの助言です」

「そうだな」

 それしか言葉は出てこなかった。心にしみたし、いい言葉だが、それだけだ。

 きっとこの言葉が出てくるのは、長生きしたリアンだから感じることができるのだろうな。

 そんな風に考えてしまう。だから言葉上では肯定しても、心の中で父親を本当に許すことなんてできなかった。

 僕の表情を見てリアンの表情はさらに曇っていった。

 リアン自身も父親を許せと言っているけれど、その形見を自分の生きるために汚してしまった、その罪悪感があるから深く言えないのだろう。それに関して僕は、なんとも思っていないのだが。

 とはいえ、これ以上暗い話になってしまってもしょうがない。だから僕は無理やり話の話題を変えた。

「吸血鬼の生態に関してはわかった。そこで一つ疑問が浮かんだんだ。

 僕の話題の切り替えに、リアンは「なんですか」と意気揚々と返してきた。

 暗い雰囲気を脱したいのはリアンも同じだったようだ。

「僕は吸血鬼になっているんだよな? ということは僕は男性型の吸血鬼に分類されると思うのだが、おかしなことがあるんだ。

 僕は今空腹なんだ。普通にお腹がすいてる。まぁ血が吸いたいとかは思わないが、普通にご飯が食べたい。食欲がわかないという男性の吸血鬼には反していると思うのだけど、さっき僕自身がゴブリンを倒した時も尋常ではない、人間とはかけ離れたことができたから戦闘能力は大幅に上がっている。だから吸血鬼になったっていう自覚もできなくはないんだ。これはどういうことなんだ?」

「え、お腹すくんですか? ・・・・そんなはずはないと思うのですが・・・・」

 リアンが頭を抱えて悩んでいる。僕、何か変なこと言ったか。朝から何も食べてないから空腹になるのは当然だと思うのだが。それとも吸血鬼にとってこれは非常識なのか。

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