正体を知る4

「まぁ日本人の無知を嘆いていても仕方がありませんね。イザヤも吸血鬼の眷属となったのですから、吸血鬼についての知識をつけておくべきでしょうか。

 私たち吸血鬼は確かに昔、いえ今もなのでしょうか、魔族からも人間からも疎まれていました。それは他の種とは比較にならないほどの戦闘能力に恐れられ、満たされることのない食欲に恐れられ、とにかく、私たちの存在自体が他の種からすれば脅威でしかなかったのです。このくらいは知っていると思います」

 僕は首を縦に振る。そのくらいは現代の人間でも知っている。まぁ正直誰でも知っているかと言われればわからない。

 吸血鬼の存在なんてほとんど御伽話のようなものだ。歴史上の人物のことだって、歴史上の偉業や事件だって、あったたことは確実なのだろうが、自分の目で見たわけじゃないから本当にあったのかだって不鮮明だ。

 自分の目で見てみないことは信じられないし、他人事のように知らん顔する。歴史の授業で習ったことを、いつまでも覚えていられる自信など僕にはない。つまるところ、昔のことをいつまでも鮮明に覚えていられる人間なんていないのかもしれない。

 だから僕らの吸血鬼に対する認識も、その程度であっても何ら問題はなかったのかもしれない。

 昔のこと。もう見ることのできない、見ることもない種。昔の脅威であったとしても、その脅威がいなくなったなら、覚えている必要性はあるのかと疑問にはなる。

 僕の顔を見たリアンは、僕の考えていることが分かったのか呆れ顔をしている。というか、何度目かわからないため息をしていた。

「人の顔を見てため息をつくなんて失礼じゃないか」

「いえ、すみません。イザヤの考えていることが、表情を見ているだけですぐにわかったので。その考えは恐らく正しくもあり、けれど間違っている。だって、実際あなたはこうして吸血鬼の私に出会っている。

 絶滅した、そう言い伝えられているからその話を鵜吞みにして、自分の目で確かめたことでもないことを信じ切っているのですから。まぁこの広い世界中をくまなく探し回って吸血鬼がいないことを確認することなんて、不可能に近いことなんですから仕方のないことなんですけれど。特に寿命の短い人間にとっては」

 確かにその通りだなと思える。さっき思った通り自分の見ていないことは信じられないし、他人事だ。自分の目で確認することのできないこともまた然り。

 だから他人の言っていることをそうなんだと鵜呑みにするしかない。そういう生き物だ、人間というものは。記憶には限界があり、感情という欠陥品を抱えている人間にとって、本能的にすべての脅威を覚えているということは無理なことだ。

 すべての恐怖を覚えていれば、いずれ心が恐怖に支配されて、周りのものすべてが脅威に見えてきて、心は壊れてしまう。

「話の途中でした。昔、この地において最強という名をほしいままにしていた吸血鬼ですが、その名を手にしていたのはすべての吸血鬼ではありません。また、貪欲な食欲を有していたのもすべての吸血鬼ではないのです」

 そう言ってリアンは立ち上がり、部屋の本棚のほうへと歩いていく。

 本棚の一番上にある本がとりたいのだろうが僕でも届くかわからない本は、リアンの身長では届くわけがなく、必死に取ろうと背伸びをしている姿がかわいく見えてくる。

 手伝おうかと僕も立ち上がると、「はぁ、めんどくさいですね。あ、大丈夫ですよ。座っていてください」と僕をもう一度座らせる。そして背中に翼を生やして宙に浮く。

 路地裏ではよく見えなかったが、光が反射しないので周りの物がその羽に映らない。

 黒い目には光の反射で自分の姿が映る、ということがあるがそれがない。漆黒という言葉は、こういう色のことのことを言うのだろうか。

 リアンが翼を戻して自分の席に戻ってきた。

「すみません。どうにも短い間のためだけに翼を出すというのがめんどくさくて。けれどずっと宙に浮くというのも疲れるんですよね。えっと・・・・あぁ、あった。ここです」

 そう言ってリアンは持ってきた本をめくって、僕に見せたいページを開き指をさしてくるが、指をさされたところで僕には読めない。

 日本語で書かれているわけじゃない。人間の言葉で書かれていない。僕の知らない言葉だ。

 僕が疑問符を浮かべていることに気が付いたリアンは、

「あぁ、すみません。そうですよね、魔族の言葉は知らないんでした。えっと、ここに書かれているのは、吸血鬼の生態についてです」

 驚いた。魔族に感情があることにも、文字が書けることにも。

 正直、野生動物の様に本能のままに生きているような種だと思っていた。

「魔族にも文字という概念が存在していたのか。知らなかった」

「いえ、魔族というより吸血鬼に、というべきですね。これは吸血鬼の中で使われていた文字ですし、他の魔族が知識を得たなんて事実は聞いたことがないです。感情や文字を書く、知識を得て学習する。これが可能な魔族は吸血鬼だけです」

「へぇ、そうだったのか。それじゃあ吸血鬼は人間に似ているんだな」

 僕の言葉に、リアンはやれやれ、と首を横に振り、持ってきた本を自分の手元に持っていき、そこに書かれている内容であろうことを読み始める。

「吸血鬼。魔族や人間の肉体、血を食料として生きる種族・・・・ある一人の男の人間が蝙蝠の魔族から菌をうつされて吸血鬼化。彼は自分の恋人を眷属として、この世に二人の吸血鬼が生まれる。その二人の子供から種の数を増やしていった」

 机に本を一度おいて僕のほうを見てくる。僕の表情にリアンは何の表情も浮かべない。大方予想ができていたのだろう。

 僕はというと、もちろん驚くことしかなかった。

 吸血鬼が人間に似ているという僕の言葉。それにリアンが呆れるのは当然だったのだ。

 だって人間に似ているという言葉はあまりに不適切ではない。それよりも、人間が進化、または変化した姿というべきだ。

 元が人間ならば感情も、知識を得ることも何ら不思議じゃない。だってそれが人間の特権であり、人間の持ち得る唯一の武器なのだから。

「まぁ、こんな昔のことなんて知らないほうが当然です。大体、世界のどこかもわからない場所で人間一人が変化していたとしても、誰も気づかないものです。どうやって吸血鬼が生まれたか、なんてわからなくて当然です。人間からすれば、唐突に吸血鬼という脅威がいきなり生まれたようなものですから。だから、こんな昔話は重要なわけではないのですよ。吸血鬼の生態という話が本題なのですから」

 そう言ってリアンはもう一度本を読み始める

「えっと、どこら辺に書いてあったけな」と言って、集中して本を読んでいる。

 僕も立ち上がり、後ろから本を覗き込んでみる・・・・うん、何を書いてあるのかさっぱりわからないな。

「あぁ、ありました。・・・・って、うわぁびっくりした。急に人の背後に回らないでください」

 リアンは驚いて、本を放り投げた。なぜか耳をほのかに赤くして、こちらをチラチラ見ている。

「いや、悪い。僕もその本が気になってな。元人間が書いた文字だってわかれば、何か通じる部分があるんじゃないかと思って、見てみたかったんだよ。まぁ何一つわからなかったんだけど」

「い、いえ。別にダイジョウブです。文字になじみがなくて当然ですから。これは完全に吸血鬼の中で発展した文字なので・・・・・・・・あぁ、びっくりした」

 リアンがなぜか深呼吸しているが、何かあっただろうか。僕が疑問に思っているのを無視して、彼女は咳払いをして話を元に戻した。

「話を戻します。吸血鬼の生態についてです。先ほど、私は強い吸血鬼がすべてではなく、また食事に貪欲なのもすべてではないって言いましたよね」

「あぁ、確かそう言っていたな」

 一体どういうことなのだろうか、と疑問の一つであった。

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