正体を知る3

 知らなかった。けれど言われなければ、普通は気づかないのだろう。

 確かに日本の子供は武器を持ったことなんてないだろう。いや、大人でも持ったことのある人は少ないんじゃないだろうか。そう考えると確かに日本人が狩りやすいという話には筋が通る。武器を持つこと自体が法律で禁止されているのだから当然だ。

「日本に魔族が大量にいる、その理屈はわかった。そのうえで尚、僕は無理だと考えている。さっきリアンは、十分絶滅させられる数、と言ったが、それは正確な数を知っていっているのか? それが二人で可能かどうかも考えているのか? 魔族なんて人通りから少し離れればいくらでも見つけられるぞ?」

「もちろん考えています。実際外国では、魔族はいなくなっているのですから。魔族の繁殖能力は人間の繁殖能力よりも劣っています。というよりむしろ人間から見たら欠陥と言えるほどに数を増やせません。その穴をつきます。

 魔族が年間増える数は、せいぜい百から二百。増えても微々たるものです。

 そして現存する魔族の総数は約千万匹と言われています。そのうちの約九割が、日本に密集しているのです。それを狩りつくすのに三年から四年もあれば可能です。それに・・・・」

 説明を続けようとするリアンの話を、僕は遮った。

「ちょっとまってくれ。千万匹・・・・それを僕とリアンだけで狩り尽くすのか? そんなの、どれだけ時間があっても無理だ」

 リアンは、はぁとため息をついて、

「人の話を最後まで聞いてください。千万匹と言っても、それをすべて私たちで狩るわけではありません。私が狙っているのは、魔族の始祖です」

「始祖? なんだそれ」

「数ある魔族の中の長。魔族の原点にして、魔族が生まれた原因。長きにわたって魔族を統率している存在。魔族に力を与えている存在。その個体を倒すことが私の目標であり、魔族が絶滅に至るための鍵だと思っています。その個体さえ倒してしまえば魔族は力を失い、統制を失い、すぐに絶滅への道をたどります。イザヤに手伝ってほしいことは、正確に言えばその個体の撃破です」

「始祖の撃破か・・・・そうかよかった。もしかしたら、千万匹の魔族と戦わなければいけないのかと思ったよ」

 ほっと息をつく僕に、リアンが僕の安堵を台無しにしてくれた。

「言っておきますけど、そう簡単ではないですよ? むしろ千万匹と戦うほうが楽かもしれません。

 始祖と言われるだけあって、その個体はどの魔族よりも強く、恐ろしい。そして何より・・・・とても臆病です。

 とても強く、誰からも恐れられているのに、その姿を見ることは難しい。私も長く生きてきましたがその姿を見たのはたったの一度だけです。普段から自分の巣に引きこもり、影から魔族を動かしているのです。見つけるのはとても難しい。

 まぁ自分が魔族の長である自覚がある証拠ですね。自分が殺されることを何より恐れている。自分が死ぬことが、種の絶滅につながることを理解している証拠です」

 それに、と彼女は話を続ける。

「それに、始祖の撃破には時間制限があります・・・・・・五年、正確には六年後までというべきですが、五年後までに始祖が倒せなければもう手遅れです。どうすることもできません」

 なぜなのか、僕が疑問を浮かべると。リアンは、はぁとため息をつき、「本当に何も知らないのですね。それとも教えられなかったのか・・・・」と僕に呆れた。

 実際問題、僕たちが魔族のことを教えてもらうことなんて人間の敵であり、道具。その程度だ。教えてもらうのは戦い方でも、魔族の生態のことでもなく、逃げ方、生き延びる手段だ。  

 学校も親も、周りの大人たちからはそれ以外のことは何も教えてもらったことなんてない。

「魔族には数十年に一度、活動が活性化し、多く数を増やす時期があるのです。

 繁殖期。その時期の魔族は血気盛ん、食欲旺盛、性に関しても貪欲なのです。その一年の間で増える魔族の数はおよそ千万匹。多くの人間が食されればそれ以上増えます。そして次に来る繁殖期、それがおよそ五年後といわれています。

 日本は次の繁殖期のための餌の一つとして目をつけられているのです。このままいけば五年後、日本人は魔族にすべて捕食されます。食欲に飢えた繁殖期の魔族には、今の日本人の戦闘能力では対処できず、逃げ切ることも許されないまま絶滅させられます。」

 それも知らなかった。繁殖期なんて言葉聞いたこともない。

 五年。自分の余命が、あと五年だと宣告された。自分どころか、日本人全員の余命があと五年。そんな重大なことになっていながら、僕らは何も知らずに悠々と生きてきた。本当に自分の無知を思い知らされる。

「おそらく、日本で繁殖期のことがそこまで騒がれていないのは、日本人がそれについての知識がないというのもあるでしょうが、魔族が日本に集まってきているという事実を知らない。  

 今まで魔族は世界中に分散していたので、日本で増える魔族の数もそこまで多くはなかったのです。だから繁殖期について知る術がそもそもなかった。

 日本に魔族が集まってきたのはここ十年ほど前の話ですから。それでもここまで魔族に関する知識がないのも驚きましたが。まったく、人間の取り柄はその知識量だというのに・・・・それとも日本が平和ボケしているのか・・・・」

「そこまで言うこともないだろ。それに、そんなことになっているのなら最初から自分で狩ればいいだろ。僕に頼らなくたって、自分一人でできるだろ。だってリアンは、吸血鬼なんだろ? かつて最強と言われた魔族なんだから、魔族の始祖くらい一人で殺せるだろ」

 目には目を、歯には歯を。だから皮肉には皮肉を。だから僕はリアンのことを馬鹿にしたつもりだった。

 けれど僕の言葉を聞いて、彼女は驚きとも、呆れとも取れるような顔をしている。

「・・・・まさかとは思いますが、イザヤは吸血鬼についての生態も知らないのですか? そんなはずないですよね。昔のこととはいえ、一度は人間にとっても最大の脅威と言えた吸血鬼の知識がないなんて」 

「昔、人間と魔族に疎まれた魔族ということくらいなら。そもそも絶滅した生物の生態なんて、知る必要性もないだろ。そんなに変なことなのか?」

「・・・・はぁ・・・・人間の危機管理能力がだんだんと怖くなってきますよ。いや日本の、というべきなのでしょうか。自分たちの脅威となる存在についての知識がまるでない。殺してくださいと言っているようなものでしょうか」

 反論したくても正論を言われているので何も言えない。まったくもってその通りなのであって、少し考えればわかることだ。

 どうして日本人の魔族に関する知識がここまで低いのか。

 いくらここが山奥の田舎の街であろうと、日本であることには変わりない。学校で教えられることは、都会の人たちとは大きく変わらないはずなのだ。

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