正体を知る1

「まず自己紹介からしましょう。私はリアン。リアン・グレイラといいます。気軽に何と呼んでもらってもかまいません。ちなみに周りにいた人たちはリアンやリンなど略称で呼んでいました」

「じゃあ、僕もリアンと呼ばせてもらうよ。僕は新堰イザヤ。みんな下の名前で呼ぶからそう呼んでくれ。それで、リアン。僕の身体に何をした。どうして僕は生きている。というよりなんで僕のことを殺してない。魔族である君が遠慮をしたとか、僕を説得するためなんて言わないだろう。そもそもなんで魔族である君が人間の言葉がわかる?」

 まくしたてるように言う僕にリアンは、「その辺も順に話すので落ち着いてください」と言って僕のことを宥める。

 急く気持ちもわかるのだろう。自分の身体が一睡していたら変化していましたなんておかしな話だ。

「イザヤは確かに死にました。私が、殺しました・・・・人間としては。吸血鬼にある一つの特性。眷属を作ること。私は、あなたを眷属にしました」

 僕は黙ってリアンの次の言葉を待つ。彼女にとってそれは不思議だったのか、

「あれ、驚かないのですね。結構衝撃的なことを言っているつもりなのですけれど」

「いや驚いているけど、まだ具体的な内容が話されていないから、理解できていないだけだ。まさかとは思うけれど、これで説明を終わるわけじゃないんだろ?」

「え、あぁ、はい。もちろん。あなたを眷属にした理由。それは、私のことを手伝ってほしかったからです。私のやっていることの手伝いをしてくれる人間を欲していました」

 あまりにも淡々と言うから浮かびにくい疑問だが、周りを見渡して僕はその疑問に口にする。

「それなら、僕以外の人間でも作る機会はあっただろう。見た感じだとここには君一人で住んでいるようで、ほかの人が住んでいるような痕跡がない。今まで作ってこなかったのはなんでだ?」

 そう、部屋があまりにも綺麗すぎるのだ。誰かほかの人がいるのならば、その人の生活用品なんかがあってもいいはずなのに、それがない。

 彼女一人で今ここに住んでいるということは明白で、それなら昨日今日思いついた頼み事だったのか。けれど彼女の表情から考えるに、そんな風には見えなかった。

 僕の質問に彼女は少し視線を落とした。悲しく、寂しく、今までの自分の行いを悔いるように。

「確かに人間には山ほど会いました。もう腐るほどの人間にこの話もしました。人のふりをして人間と仲良くなり、私のことを信頼してもらえるよう尽くしました。

 泥水をすする勢い、というより本当に泥水をすすったこともあります。

 頭も下げました。自分の言いたいことを一生懸命に伝えもしました。相手に納得してもらえるように。けれどダメでした。

 全員が全員、私が吸血鬼だと正体をあらわにした瞬間、私を見る目が変わるのです。恐怖、憎悪、怨嗟、それから欲望。

 私を見る目は怖い魔族。恐ろしい伝説の魔族。そして絶滅寸前の金。それだけのようだったのです。だから私の眷属になってくれるという変わった人間はいませんでした。

 あなたの様に勝手に眷属にしたこともあります。けれど全員が次の日にはいなくなってしまうのです。私に残す言葉は、私に対する罵詈雑言それだけです。それもそうです。人間であるその人を勝手に魔族のようなものに変えてしまったのですから」

 リアンは泣き出してしまった。大粒の涙がそのきれいな肌、頬を伝う。せっかくのきれいな顔も、泣き顔で台無しになっていた。

 魔族に悲しみという感情があることに驚きを覚えるが、目の前で少女が泣いている。この状況に困ってしまい、何もしてあげることができない。

 漫画やアニメの主人公なら、泣いている女の子にやさしい言葉をかけてあげるのだろうが、生憎僕はそんな生き方をしてこなかった。泣いている子になんて話しかければいいのかさっぱりだ。

「けれど、ならどうすればよかったのでしょうか。

 私は、ただ私の手伝いをしてほしかっただけ。私の言っていることに少しでも耳を傾けてほしいだけ。たったそれだけなのに。それだけのことがしてもらえない・・・・・・けれどそれが難しいのもわかるのです。

 人間と私たちが相容れないことも、人間が魔族を恐れることも、道具としか見ていないことも、同胞たちが犯してきた罪の報いだということも。だから私の言葉に耳を傾けてくれないのも無理ないのはわかるのです。

 その二つの考えが私の脳内でぐちゃぐちゃに混じり合って、もうわからなくなって、自暴自棄になって・・・・けれどお腹は空くんです。嫌な身体です。

 仕方なく食事をとろうとしたところに、あなたが現れました。だから私はこの人で最後にしようと、これでだめなら私も同胞と同じようにこの世から消えようと、そう思ってあなたを眷属にしました」

 彼女の人間に対する憎しみも、悲しみもわかる。けれど人間の気持ちもわかる。魔族を恐れる気持ち。それは幼い時から叩き込まれた、一つの常識のようなものだから。

 普段の僕なら、僕だって彼女のことを拒んでいたかもしれない。

 けれど、なぜだか今は彼女のことを手伝いたいと思う自分がいる。きっと似たような感情があるからだ。

 どちらも死のうとしている。僕も彼女もこの世界の理不尽さに、うまいこと運ばない人生に嫌気がさしたんだ。だから僕は彼女に同調されたのかもしれない。彼女との傷の舐めあいに、興じてみたくなったのかもしれない。

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