絶望する者6
魔族と相まみえたことが初めてな僕は、恐怖のあまり目をつむり、拳を突き出し自分を守る体制をとる。
しかし、僕の腕に味わったことのない感覚と、生温かい温度の液体が伝った。
目を開けると、僕の手がゴブリンの身体を貫通していた。
「うわぁぁぁ‼ く、来るなぁ‼」
見慣れないその凄惨な姿に驚き、手から引っこ抜こうと足で蹴った。
そうしたら目にもとまらぬ速度で飛んでいき、近くにあった木に激突しバラバラになった。
それを見て一緒にいたゴブリンは、異変を感じたのだろうか逃げようとするが、僕はとっさにそれを追いかけた。
殺しの現場を見られた犯人が、そのなんでもない通行人を一緒に殺す思考と同じ。なぜだか逃がしてはいけないと思った。逃がせば確実に僕の顔を覚えられる。
幸い鈍重のゴブリンに追いつくことなんて造作もなく、僕は逃げ出した二匹のゴブリンを逃がさず殺す。
頭をもぎ取り、臓器を貫き、痛みに藻掻き、地面に転がりまわるゴブリンにとどめを刺すために心臓を握りつぶした。
僕がその意思でやったというより、僕の防衛本能的なものが相手の命を刈り取った。
(僕を襲おうとしたんだから僕は殺した。吸血鬼の少女の空腹を満たすために食料を捕った。そう僕はそのために殺したんだ。)
自分に言い訳をして帰路につく。でも正直自分の力が怖くて仕方がなかった。
だってそうだろう。今まで普通の男子高校生並みの力しか持っていなかったのに、それがたった数時間でゴブリンの腹に腕で穴をあけられるようになりましたなんて、そんなおかしな話があるはずがない。
だけどそれが現実になっている。力を手にした興奮とか、歓喜とかそんなものはない。この奇妙な力に恐怖するしかない。
だから早くこの状況の説明が欲しい。混乱していた頭は帰路についているときには混乱を通り越してもう何もわからなかった。
腕についたゴブリンの血も、握りつぶした心臓の感触も、未だに手にまとわりついて気持ち悪い。ゴブリンの血が足にもまとわりついていて、歩くたびにぴちゃぴちゃと音を立てる足音が気持ち悪い。
吐き気を抑えるのが精一杯だ。誰かを殺したことなんてない。臓器をつぶしたことなんてもちろんない。生物を殺す感覚なんて、そう簡単に味わうものじゃない。
それを初体験して、その感触が手に残るのは仕方のないことだろう。忘れることができないのは当然なのだろう。吐き気を催さないほうが常軌を逸している。
正直に言って、この手に持っているゴブリンの死体すら今すぐ放り投げて、この気持ち悪さを洗い流したい。逃げ出したい。自分が怖い。
それでもそれをせずに歩き続けるのは、何も知らないまま逃げ出したくないからだろうか。それともあの少女と約束をしたからだろうか。自分でもわからないけれど、足を前に進めるしか僕にはないのだ。
少女がいる家の前につき、玄関を開けようとドアノブを引こうとする。
すると向こう側から同じタイミングでドアが開けられ、眠っていたはずの少女が飛び出す。
衝撃で僕は尻餅をついた。しかし少女は僕のことなど気にも留めず、僕が持ち帰ってきたゴブリンを貪り食っている。
頭にかじりつき、脳みそを食って、腕を食べ、足を食べ、臓器を食べる。血の一滴もこぼさず、余すところなく数十秒ですべて食べ尽くしてしまった。
僕はというと、吐き気のほうが限界だった。耳を手で塞いで地面にうずくまる。嗚咽を吐く。
少女の食べる音が気持ち悪い。臓器のつぶれる音、骨の折れる音、何かをかき出そうとほじくり返す音。全部が気持ち悪い。気味が悪い・・・・嫌だ・・・・音を立てないで。
何度吐いても吐き気は収まらない。耳をふさぐ手にゴブリンの血がついていて、その生臭い臭いが鼻を刺激する。
どれだけ耳をふさごうと音を全部消すことは無理だった。もう耳を引きちぎりたかった。いや、あと数秒遅かったら僕の耳はなくなったかもしれない。
少女が僕の手を取って、僕の手についている血を舐めてくれる。一滴残さず。
彼女に血を舐めとられたら、なぜだか気持ち悪さが少しずつ和らいでいく感覚があった。吐き気も少しずつ和らいでいく。あの生臭い嫌な臭いでさえなくなっていった。
少女が背中をなでてくれた。気持ち悪さの一端は自分にあることを理解しているのか、優しく背中をなでてくれた。
そこから数分、僕が落ち着くまで少女は待ってくれて、僕が落ち着いたのを確認してから誤った。
「すみませんでした。あなたの気も知らないで、自分の空腹に理性が無くなっていました。配慮が足りなかったです。本当にすみませんでした」
僕と少女は、彼女の家の中に入って少し距離を開けて対面に座る。
「いや、別にいいよ・・・・うん、気にしてない」
無理矢理にでも平静を装って気にしていないふりをする。変に話を長引かせるより、聞きたいことはそれ以上に山ほどある。
「約束したよな。食料を持ってきたら今のこの状況の説明をしてくれるって」
「えぇ、もちろんです・・・・どこから話しましょうか」
少女は一度考え込んで、考えをまとめたのか「うん、ここからだな」といって、僕に向き直り一度立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
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