絶望する者5
僕はぽかんとしている。だけど僕がそんな風にバカ面をするのも当然なのだ。
だって魔族が人間の言葉を話している。見た目が人間の少女だと思っていたから話しかけてきたことにも、自分を助けるという行為にも納得がいっていたのだ。
さらには、彼女の放った言葉。自分の事を吸血鬼だと言った。
すでに絶滅した没落魔族。かつてこの大地に名を轟かせたと言われている伝説の魔族。最恐にして、最凶の魔族と名高い魔族。
自分でそう言ったのだ。
思考が追い付かないのも、無理がなかった。
けれど少女は僕のあほ面には目もくれず、息遣いが荒い。目が血走っている。爪がどんどん伸びてきている。より鋭利なものに。歯が伸びてきている、同じようにより鋭く。
そして、少女の吐息交じりの、ささやくような声で言った。
「・・・・とりあえずそこをどいてもらえませんか。私は今、極度の飢餓状態を何とか理性で抑えています・・・・あまりこういう状態でいられると噛みつきたい衝動を抑えられませんから」
僕はとりあえず言うことを聞いて、彼女から覆いかぶさるのを止めた。
「ありがとうございます。それと、不躾な願いだと思うのですが、食料を捕ってきてほしいのです。もう本当にお腹が減って動けません。あなたは混乱している最中だと思うのですが、食事を終えればちゃんと話しますから。お願いです」
彼女は腹の虫が鳴る、細いお腹を必死に抑えながら懇願してきた。
けれど、僕は彼女の言葉に違和感を覚えた。
「いや、『食料を捕ってくる』はおかしいだろ? 作ってくれじゃないのか」
「あなたは人間の、魔族の肉体を作り出せるのですか? 多量の血液を出せるのですか? 私の食事は人間とは違います。私は魔族であり、吸血鬼ですよ?」
捕ってくる。それは文字通り、魔族か人間を狩って来いと言っているのだ。ただの人間に。そこらへんでのんびりと過ごしていただけの少年に。そんな無茶なお願いがあるだろうか。
「いやいや、僕は魔族を狩ったことがない。それに武器なしで魔族を狩りに行けるわけないだろ。無茶を言うんじゃねぇ」
「大丈夫です。今のあなたならそこら辺の雑魚なら一撃で殺せます。ただの人間ならば息を吹きかければ吹き飛びます。それくらいは可能です。まだ魔法の行使ができるほどの力は与えてませんが」
「何を言っているのかわからないんだが、話についていけない。ちゃんと説明してくれ」
「とりあえず大丈夫ですから、早急にお願いします。お礼なら何でもしますから」
少女は残りわずかな体力でよろよろと立ち上がり、僕を立ち上がらせると背中を押す。
玄関まで連れて行くと、「お願いします」と言ってその場に倒れて寝息を立て始めた。おそらく、空腹を寝ることで誤魔化しているのだろう。
玄関のドアが閉まり、夜の街に放り出される。どうしてこうなったと、頭を掻きむしり、振り返る。そして驚愕した。
ここは本当に夜の街なのかと錯覚した。
僕の視界に映る街は、月明かりのみで明るさを保つ夜なんかではなかった。真っ暗闇に映らなくてはいけないのに、僕の視界は、まるで太陽が出ているかのように、周りのものの色彩がはっきりと見える。
建物のコンクリートの灰色とか、田んぼやそこらにある植物の緑とか、普通なら全部が真っ黒にしか映らないはずなのに。
わけもわからないまま、僕は少し歩きだす。この状況を早く説明してほしかったが、今帰ったって、何も聞けやしないだろう。寝ているし、そもそもそ空腹で限界だとか言っていた。
だから混乱する脳を一度隅に追いやり、言われた通り食料を探しに出た。
(確か、今の僕なら雑魚の魔族なら一撃で殺せるとか言っていたな。多分僕の身体に何かしらの細工をしたのは間違いない。殺せるというのもあながち間違いではないんだろうな)
夜の街が暗闇に見えないことがその証拠だ。彼女が僕の身体に何かしたのは確定事項だ。
そして、彼女の言っていたことは現実になった。
少し歩けば、群れから離れたであろうゴブリン三匹と遭遇した。
魔族の中でも最底辺の魔力しか持たないが、繁殖能力に長けていて、一体見つければその近くの巣には千匹を超えるゴブリンが確認されると言われている。
何かをしたという確信があったとしても、それが本当にそうなのかという確信はない。
もし嘘だった時、武器を持たないただの高校生では、ゴブリン一匹に蹂躙されるのが目に見えている。
だから、僕は近くの草むらに身を隠して、奴らが過ぎ去るのを待った。
食料を捕ってきてくれと言われても、何の知識も、武器もない僕には魔族を狩るのは無理だ。
だから、狙うのは人間だった。
人殺しとののしられようとかまわなかった。今のこの状況の説明をしてもらえるのなら、それでよかった。
しかし、運悪くそこにあった木の枝を踏んでしまい、パキッという静寂の夜の街にふさわしくない音が鳴ってしまった。
周りには何もない、誰もいないこんな中で鳴った音をゴブリンが聞き逃すはずもなく、振り返り、僕を見つけると、にちゃあという擬音がふさわしい不吉な笑みを浮かべて、弱肉強食にのっとって僕を狩り取ろうと、襲い掛かってきた。
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