絶望する者2

 通りすがる人々全員が振り返るような美しい顔立ちと、長くしなやかな綺麗な金髪を後ろで縛り動きやすい髪形にしていた。

 透き通ったような真っ白な肌にも黒い炭が至る所につき、外の苛烈さを一目で感じ取ることができた。

 鈴蘭は靴を脱ぎ捨て、家に入ると、座り込んでいる僕を立ち上がらせようと腕を引く。だけど僕の腕を引っ張っても、一人の女子高生の引く力では男子高校生を立ち上がらせるには不十分だった。

 そのうえ僕はその引く力を拒んでいる。どう考えたって僕の引く力のほうが強い。それでも鈴蘭は腕を引くのを止めようとはしなかった。

「なに座り込んでるの。はやく逃げなきゃ。ほら立って」

「無理だ。足が竦んでしまって動けない。怖いんだ。外にいる魔族も、外の光景を見るのも、外に多くいる人間も。周りの人間すべてが両親の様に僕を裏切る人間ばかりなのではないかと思うと、立ち上がれない。」

 鈴蘭だって、適当なところで僕のことを裏切るんじゃないか。

 魔族に襲われたときは僕を生贄にして自分は逃げるんじゃないのか。

「何言ってるのかわからないけど、後で話を聞いてあげるから、ほら立って‼」

「もう一人で逃げればいいだろ。こんなどうしようもない僕のことなんて放っておいて。ここにいたら鈴蘭も一緒に死ぬぞ」

「死にたくないから逃げるよって言ってるのわからないの⁉ いっ君・・・・何があったか、ちゃんと話を聞くから。私は何があってもいっ君の味方だし、どんな時でもちゃんと側にいるから。大丈夫、私はいっ君が思ってるような人じゃない。ちゃんといっ君のこと見てるよ。いっ君の事裏切ったりしない」 

 僕より小さな身体でぎゅっと僕のことを抱きしめて、優しく頭を撫でてくれる。

 優しく、包み込むようなこの声は、小さいときからの知り合いの僕だからわかる。

 小さいときからこうやってどちらかが落ち込んでいるときは、どちらかが抱きしめ合った。そうやって慰め合った。ずっとそばにいると、そう言いあった。

 だから、この言葉が本気であることを信じられる。鈴蘭は僕のことを裏切ったりしない。そう思わせてくれる。

 怖いと思って竦んでいた僕の足は、鈴蘭を信じられると思い込むと、それだけだというのに簡単に立ち上がることができた。足に簡単に力を籠めることができた。

「悪い。もう大丈夫だ。さぁ逃げよう」

 僕が歩き出せば、鈴蘭は笑ってその手を取って一緒に歩きだす・・・はずだった。

 僕が座り込んでいて、鈴蘭のことを拒む時間さえあれば、この家が崩壊するまでの時間なんて簡単に稼ぐことができた。

 玄関に置きっぱなしにされているサンダルに足を突っ込み、あとは開け放たれた玄関をくぐるだけだった。たったそれだけのことができなかった。

 否。僕はできた・・・・二人ではくぐれなかった。

 繋いでいたはずの手が急に外されて、僕は背中を強く押されて外の世界に放り出された。その衝撃で地面に打ち付けられるように転ぶ。

 アスファルトに打ち付けられて擦った肌から痛みが走り、赤黒い血が流れ出た。

 僕の脳は痛みを感じることしかできず、何が起こったかをすぐには理解できなかった。

 だけど、真後ろで大きな音を立てて何かが崩壊する音。爆発音にも似たような鈍く、響き渡る大きな音。振り返れば、いや、振り返らなくたって今起きた音で何が起きたのかを理解することができた。理解させられた。

 ゆっくりと振り返ると・・・・家が崩壊していた。その凄惨な光景を見ながらゆっくりと視線を下に下げた。

 見えている玄関があった目の前の瓦礫の中からはみ出している手と、流れる血は誰のものだろうか。この家にいたのは僕と鈴蘭だけだ。

 少し考えれば誰だってわかる。けれど僕は理解したくなかった。

 鈴蘭の真っ白ですべすべの手。鈴蘭から流れる血。僕の傷から流れ出る黒っぽい色をした血とは全く違う、混じりけのない真っ赤な鮮血。

 彼女の身体はこの瓦礫の下。

 手を取るけれど、その手は僕のことを握ってくれなどしない。叩いたって、叩き返してなどくれない。なにをしてもそれに対する返事など帰ってこない。

(僕が・・・・僕があんなところでうずくまってるから。鈴蘭のことを拒んだから。もっと早く信じていられればこんなことにはならなかった。僕の心が弱かったから。なんで、どうして、鈴蘭が死ななければいけないんだ。死ぬはずだったのは・・・・僕のはずなのに)

 目の前が涙で見えない。頬を伝う涙は止まらない。鼻から流れ出る鼻水も止まらない。花粉症を患う人の比じゃないくらい。身体中の水分を使わなければこの涙は止まらないのではないのかとそう思えた。

 喉が痛い。叫んだのだからそうだろう。喉が張り裂けるほど大声で叫んだのだから。言葉にならない叫び声をあげたせいで喉が切れた。

 口の中は血の味しかない。今は声にならない悲痛なかすれ声しか出すことができなかった。

 僕のそんな悲しみなんて、魔族は知ったことかと、周りで多くの人の叫び声が聞こえてくる。

「君、何してるんだ‼ 速く逃げるよ」

 誰かわからない変な大人に僕は引きずられた。拒んでも声が出せないのだから聞こえるはずもない。

 涙で周りの状況がわからずとも、鈴蘭から自分の身体が勝手に離れていくことだけがわかる。

 どれだけ暴れたって、僕が引きずられるのは止まらない。

 途中から、僕が拒む気力はなくなった。

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