絶望する者1

 世界というものは残酷なものであり、そして単純なものだ。

 今、自分の眼前で起きている出来事も傍から見れば残酷なものなのだろう。凄惨で、惨たらしく、胸が痛くなるような光景なのだろう。

 ・・・・そして、自分たちの身に降り注がなくてよかったと、安心して自分たちの暮らしに戻っていくのだろう。

 人間というのは手を取り合うことが正義であり、美的であるという感性を持たされているけれど、その実自分の事を守ることで精一杯なのだ。誰もほかの人のことなんて気にかけていられない。

 僕、新堰イザヤはただの学生である。そこらへんにどこにでもいるただの学生だ。

 特段頭がいいわけでもない。容姿に優れているわけでもない。どこもかしこも普通な、平凡な学生である。

 特段裕福な家でもないけれど、不自由ない生活をする親のもとで暮らし、友達と笑って、馬鹿なことをして、そして大人になっていく。 

 成人して、働いて、大人の恋をして、結婚して、そんな誰でも考えるような将来があった。

 高校に入学してもうすぐ一か月半くらいが過ぎようとしていた。もうすぐ最初の定期考査が始まる時期になり、高校初めての定期考査だからと勉強に熱が入っていた。

 それが今壊された。破壊された。粉砕した。──自分たちの街ごと──。

 

 ある日、何でもない日である。いつも通り学校に行こうと自室で準備をしていた。

 一階からは両親の仲良さげな会話と、美味しそうな朝食の香りが漂ってくる平凡な日。

 あと数分もすれば幼馴染の朝日奈鈴蘭あさひなすずらが一緒に学校に行くために迎えに来る。それまでに準備を済ませなければ、と急々と鏡の前でネクタイの位置を直していた。

 すべてが狂ったのはこの数十秒後。母親が用意してくれた朝食を食べようと、階段を下りているときである。地面が震える感覚があった。

 その場に座り込んで、壁に手を当てて自分の身体を支えていないと階段から転げ落ちそうになるくらいの、強烈な揺れだった。

(なんだ? 地震か?)

 だが、いつまでたっても揺れが収まらず、揺れが時々大きくなっては、小さくなり、地震というよりは、地響きに近いような感覚だった。

 何があったのかと近くにあった窓から外を覗き込んだ。そして眼前には・・・・絶望が広がっていた。

 住宅街から炎が上がり、それを火種に辺りに広がる田畑に燃え移り、映し出された光景には燃え盛る炎で埋め尽くされた。

 ただの火事ではない。燃え広がる炎の中には、赤褐色の蛇のようなうろこに覆われ、真っ白な両翼を生やし、体長は、数十メートル以上はあるドラゴンのような見た目の魔族が空を飛び、田畑や家々に口から炎を吐いていた。

 さらに、それに群がるように多くの種類の魔族があちこちで人間を襲っている。

(なんでこんな辺境にあんなに大きな魔族が・・・・それに、どうしてこんなに多くの魔族が・・・・)

 魔族は基本的に多種の群れを形成なんてしない。同種で狩りを行う。それに、こんな朝早くから魔族を見かけることなんてない。太陽が昇った後は魔族の活動が停止する。だがら人間は安心して朝から行動ができるのだ。そう教えられてきた。

 外からは人々の悲鳴が聞こえてくる。「助けて」だとか、「逃げろ」だとか、自分の息子なのだろうか、人の名前を大声で叫んでいる声。

「父さん‼ 母さん‼ 外が大変なことに・・・・」

 僕も一刻も早く両親と逃げなくては、とリビングの扉を開ければ、中には嬉々として武器を手に取る両親。

 こんな状況だというのに、満面の笑みを浮かべる両親に、何を笑っているのか。何を喜んで武器をとっているのか、僕には不思議でならなかった。

「あれだけたくさんの魔族が現れたとはいい好機だ。太陽が昇っている今なら魔族は弱っているはずだ。これを倒せば大量の金が・・・・うへへ」

 振り向いた両親の目は、猟奇的で、好戦的な視線をしており、僕の事なんて見えていないかのように、両親は僕を押しのけてリビングから飛び出していった。

 実の息子である自分のことより、目の前の金に目が眩み一目散に走り去っていった。

 僕は押しのけられた衝撃で尻餅をつき、そのまま立ち上がることができなかった。

 両親の醜い顔。見たこともない猟奇的な顔。その顔と嬉々として武器をとるその姿に震えた。恐怖した。軽蔑した。

 両親のあんな顔は見たことがない。いつも仲よさそうに笑いあって、自分の息子のことを大事にしていると思っていた。

 それが何だろうかあの表情は。欲望に駆られ、目の前の金に目が眩んだただの汚い人間の顔。

 外で燃え広がっていた炎が僕の家まで移ってきたのがわかる。家のいたるところから煙が立ち上り、ところどころから赤い炎が見えた。部屋の中の温度が急激に上昇していくのを感じる。

 それでも僕は動くことができなかった。足が震えてうまく立ち上がることができない。外で聞こえる悲鳴が耳に刺さり、その光景を見たくないと拒絶する。どれだけ凄惨な、惨たらしい景色が広がっているのかと想像するだけで、足がすくむ。

 両親の醜い姿がいまだに脳裏に焼き付いて現実を受け入れられない。

(僕は置いていかれた? 両親に見捨てられた? 僕を大事に思っていてくれていたのは嘘だったのか・・・・僕は両親に裏切られた・・・・のか)

 そんな思考が脳内を巡ると、もういっそこのまま眼前の炎の中に飛び込んで灰になってしまおうかとも思うが、足が動かないのだからしょうがない。

 できることなら苦しむことなく死にたかったけれど、どうやら立ち上る煙の中で、呼吸のできない苦しみを味わいながら死ぬしかないのかな・・・・そんな風に考えていた時だった。

「いっ君‼ いっ君いるの⁉ 何でそんなところでうずくまっているの⁉」

 玄関が開け放たれ、そこから座っている僕に声をかける鈴蘭の声。

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