白線の先に

 屋上で出会った。彼は白線至上主義者だった。この世のすべては白線によって規律されるべきだと考えており、休日には学校でくすねておいた白チョークをもって、街を練り歩く。欠けている白線があればチョークで補修し、つながっていない白線までつなげて、街のルールを書き換えてしまう。彼はこの世すべて白線によって区切られるべしと考えている。授業中にずっと窓の外を眺めていた際には、体育の授業のために引かれる白線を見つめていたらしい。彼のうっとりした眼には、白線に対する異様なほどの心酔がうかがえる。

 以前彼の家に伺った際には、玄関口からすでに白線によるルールがあった。彼曰く、白線に従うのは当然のこと。部屋にたどり着くまで、やけに苦労させられたのを覚えている。他人よりも自分にもっとも厳しく接する彼のポリシーは天をも穿つ。もう二度と彼の家に招かれたいとは思わないが、彼はよく僕を家に招く。

 彼が僕の何を気に入っているのかはわからない。唯一彼の話をまともに聞く僕を親鳥だと思って懐いているのだろうか。僕とてまんざらではない。彼の価値観はどこをどう切り取っても愉快で、たとえ僕らの間に白線があろうとも、彼を追い続ける自信があった。たまに彼の白線紀行に付き合っては、一緒におまわりさんに追われている。

 ある日彼は、この世のすべての根源たる白線を見つけたと僕に報告してきた。それは山奥にうずもれており、この世の白線はすべて根源たる白線の子のような存在らしい。僕たちは授業をサボって、かの白線を拝みにいった。

 なるほど。山奥にて取り残されたように不自然に現れる白線は、妙に神秘的だった。この白線とこの世のすべての白線をつなげることが自分の使命なのだと彼は語った。それこそが自分が生まれてきた意味であり、この人生をささげるに値する大仕事なのだと。それから毎日放課後に彼は、町中の白線をかの白線に集めてまわった。僕は時折その白線の傍らに腰かけて、彼の姿を見守った。時にとりとめのない話を交わした。彼の話を聞いてばかりでもなくなった。僕らは語らうことに事欠かなかった。十の位が何度変わっても、白線と僕たちはともにあり続けた。

 彼が死んだあと。彼の大仕事とやらは、結局完遂されなかった。街の白線は未だとぎれとぎれのままだし、根源たる白線は、まだ孤独に苛まれている。何度白線が切れたかわからない。つないでは切れていく連鎖に、よく彼は正気でいられたものだ。付き合い続けた僕もなかなか物好きだと思う。僕もまた、彼と同じように白線の何らかに魅入られてしまっていたのかもしれない。

 久しぶりに山奥を訪れると、白線は擦れて消えかけていた。足元を見れば、僕らによく似る白線。僕を待っていたのか。僕らにとって象徴的なあの白線は、長い旅の終わりを告げるように、瞬きの合間にぱっとはじけて消え去る。

 ここからまた、どこかに向かわねばならない。指先を見るとチョークのカスがついている。彼と歩いた白線の跡が、街のそこかしこにあふれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パルプ・フィクション ちい @cheeswriter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ