パネル・パラレル・ワールドエンド

 世界は一メートル四方の正方形の連なりで構成されている。地面も川もこの正方形によって構成され、僕が知る限り、この世界のすべてがこの法則に則っている。まるでゲームの世界のようにも思うけれど、この世界が現実だということは身に染みてわかっている。何より、これがゲームだとしたら、製作者はあまりにも意地が悪い。

 正方形の連なりは、時に欠けて僕を驚かせる。契機は不明であるところが大半だ。例えば水泳の授業中、部活の着替え中、就寝直前の携帯をいじる時間。いつも不意に正方形の連なりが途絶えて、僕を陥れる。大抵、パネル一つ分が姿を消す。そこには虚空が広がって、暗い穴の中から誰かが覗いている。目を合わせることが怖くて、僕は穴を直視したことはない。それが穴であるのか、あるいは穴に見える平面であるのかもわからない。ただおそらく前者であることは、吹き込む風によって見当がついている。

 誰にこの話をしても理解させることはなかった。みな僕を憐れむような眼で見る。被害者ぶるなと怒声を浴びせられたこともある。自分を蔑むのは特権階級の貴族のみに許される。僕はパネルが見えていないふりをしながら、通学に励むしかない。

 すでにこの世界は穴抜けばかりだ。時を経るにつれて、一つ一つと欠けていき、僕の居場所は徐々に減っている。通学路もずいぶん歩きづらくなった。ある家はほとんど欠けてしまっているが、そこに住む人は依然として何食わぬ様子で過ごしている。そのためこのパネルが、僕の幻想にすぎないことに、最近になって気づき始めた。

 唯一の救いは、僕の家がまだ穴だらけになっていないことだ。ところどころに欠けた跡はあるけれど、まだ生活するに困らない。このペースで欠けていくのなら、僕が就職して独り立ちするまでは保つだろう。

 穴の上をほかの人が平然と歩くのを見て、僕も何食わぬ顔でまたいでやればいいとも思う。ただ、穴の先に何があるのかわからぬ以上、僕には無謀に身をさらす勇気などない。トリックアートの真相に気が付いているのは僕だけ。あるいは、トリックアートに化かされているのは僕だけなのだ。

 付き合い方を考えるために、パネルが欠ける条件に付いて、一時統計を取ったことがあった。かけたタイミングで、ルーズリーフに日時と場所、前後の状況をかきこんでいく。人と違う見え方がするというのは不安だ。自分が考え過ぎるだけかもしれない。それでも、僕の人生がこの僕のものである限りは、うまく折り合いをつけていくしかない。対策を打たぬ限りは、僕の居場所はなくなり続ける一方だろう。この世界からつまはじきにされぬ前に、僕が悪いのか、世界が悪いのか、結論を出さなくてはならない。

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