無限
最近、ずっと僕の少し前を歩いている男がいる。彼の風体、背格好はどうにも僕に似ているように感じていたが、先日、鏡に映った彼の顔を見るに、全く僕と同じだった。どうやら彼は、僕と全く同じ存在らしい。彼も僕として、僕の人生を歩んでいて、彼の通る道はやがてまもなく僕の通る道だった。
僕は気づけば彼と同じ道をたどっている。彼が右に曲がれば僕も右に曲がるし、彼が食べたものはすなわち僕の食べるものだった。常に少し先の自分の姿が見えているようで、行動の先に待つものがなにかハラハラすることもなくなった。直前に見たばかりのドラマの再放送を見ているようだ。人生に対しての退屈感はどうしてもぬぐえない。
何度か別の行動をとろうと試みたが、僕の意志とは無関係に、身体は前をあるくもう一人の僕の行動をなぞっている。会話や物質など、齟齬が生まれて当然のところ、うまくつじつまが合っているのを見る限り、僕かもう一人の前を歩く僕の、どちらかが虚構の存在なのだろう。この世非ざる存在なのが、僕でないと信じたい。それを確かめる術は、今のところ思い当たらない。
もう一人の僕が、僕のことをどのように認識しているのかはわからない。彼が僕の方を見たことは何度もあるし、鏡越しに目を合わせた予感もある。平行世界がたまたま重なったためにこのような状態になっているとしても、僕だけが一方的に彼を認識しているとは考えづらい。ならばどうして彼が何もアクションを起こしてこないのか。それが不思議でならなかった。
仮説だが、彼の先にももう一人、僕がいるという可能性はないだろうか。僕から見える景色が彼だけであるがために視野が狭くなっていたが、その先にまだもう一人、それ以上に僕がいる可能性もあるのだ。僕が二人いる時点で、それは無限の可能性をはらむ。僕の前を歩いているもう一人の僕も、さらにその先の僕の姿をなぞっているために、こちらに対して何ら行動を起こせないのかもしれない。
僕の列は永遠に近しく続いていく。一寸先を重ねがけして作られた列は、いずれ無限に収束していくのだろう。僕の存在は、その中の一部でしかない。前の彼が振り返って、僕もまたなぞって振り返ったとき、僕の後ろにも誰か人はいなかっただろうか。そうやって、前に、後ろに、無限に僕が続いていくのだろう。
列に並ばされたほかの僕らは何を考えているのだろう。この運命を嘆いているのだろうか。死を迎える時、前から順に死んでいくのを見て、ゆっくりと絶望を深めていくのだろうか。何番目かもわからない僕には、想像することしかできない。
ただ、この僕の列は、僕が死んだ後にも何食わぬ顔で並んでいるような、そのような気もしてならないのだ。
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