穴を掘る

 手を土に汚されながら、棺桶を掘りだしている。スコップを握る手が擦れて、豆ができてつぶれる。手が赤く擦れようとも、手を止める者は誰もいなかった。作業者の中に、生気のある者はいない。非常事態に通常の倫理感が二の次にされることは常だ。自分を押し殺しながら、作業者たちは黙々とスコップを動かしている。

 規則的に、軍服が作業者たちを監視して歩く。彼は目をぎらつかせているように見えて、何も見ていない。ただ作業者たちを同胞とは思っていない。ねじ巻き式に動かされているように往復を繰り返し、時間になれば別の軍服と代わる。

 この国の風習として土葬は鉄製の棺桶をもって行われており、掘り出す目的もその材質にあった。資源不足が叫ばれる中で、新しい戦闘機を作るためには多くの鉄が必要だった。土に食われて錆びたような風体でも、彼らにとっては重要な資源だった。墓場は広い。彼らの作業の終わりは、ほとほと見える場所にはなかった。

「隣の国では、木か石で棺桶を作るらしい」

 作業者の一人が独りごちた。すぐに軍服の餌食となった。いずれ、木や石で作られた棺桶も、重要な資源として奪われていくのだろう。誰しもそんな予感を抱いて、眠る死人たちを起こして回る。一つ棺桶が掘り出されると、一度中を検められる。死人が形を残していれば、隅に寄せて「後で弔う」という札をつけて捨て置かれる。もう何人、死者を愚弄したかわからない。作業者たちが手を止めないのは、そのような死者たちの姿に、自分を重ねているからだ。自分がそのように煩雑に、誰にも敬意を払われぬまま土に交じっていく姿に恐れを抱いているからだ。あらがっていても、土に消えていくのはすぐのこと。それでも束の間の希望にすがって、彼らは土をひっくり返し続ける。

 それから、数か月たった。作業者たちは、手を土に汚されながら、棺桶を埋めている。棺桶は木製で、寄せ集めたようにまだら模様だった。土と炭ですでに汚れているような色合い。土に埋める前から、すでに土の一部になっていた。

 死者たちを、順番に棺桶に入れていく。その中には、軍服の姿も多々ある。時間の経過に似合わない褪せた色で、衰えが見て取れた。違う色をした軍服が、作業者たちを監視している。彼らは順に、掘りだして開いた隙間に、棺桶を入れていく。土くれの山を崩して、元のように墓場を均していく。

 穴の数はすぐに足りなくなった。元のように埋めるだけのはずなのに、どうにも席が足りないのだ。それも、指でいくつと数えられる数ではなかった。

 穴の横に、また一つ穴が増える。手を土に汚されながら、棺桶を埋めている。墓場は横に広がって、やがて掘る手も一つ一つ、減っていった。

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