アラームまで
夜が明けるのをずっと待っている。時計はまだ三時。丑三つ時を過ぎたので、もう暗闇から覗かれることは怖くない。夜のスタート地点のすぐ近くだ。持てあますほどの時間ができた。昼はあっというまに過ぎる時間も、今は妙にゆっくりと歩いている。何かを始める気力も持てず、ただ天井を眺めて過ごす。こういうときにしかまじまじと見つめることがないため、目が合って気恥ずかしい気持ちになった。
たまに、目を覚ましてしまう夜がある。隣で眠る彼女は心地よさそうな寝息を立てている。僕はそれがとてもうらやましく、他方でこの特別な時間を独占している自身が彼女に優位しているようにも思う。彼女が知らない景色を見ていることを、複雑な感情で濁している。今の話をすべきか迷うそぶりを見せる。しないであろうことはすでに確信している。
身体に中途半端にかかった布切れを静かにずらして、体を外に出す。無理に眠ろうとしても布団の上で過ごす時間が無駄に増えるだけ。こそばゆかった。窓を開けると、夜風がここぞとばかりに忍び込む。三月の夜風はまだまだ冷たい。布団の中で温められた体は風に撫でられて凍える。あっという間に暖かな頃の記憶は凍てついて、沈みゆく身体が常であったかのように思う。星の数よりも、明かりの数のほうが多い空だ。誰もいない町は安心して胡坐をかいている。時折過行く車の姿も、どうにもちぐはぐに見えた。
空車のタクシーをみかけて、何故か寂しくなった。同情すれども、ああはなりたくないとも思った。必要とされず、役目も果たせず、そのために自分の存在理由を確認することもできず、ただ呼ばれる時を待って夜の街をさすらう。暗闇を手探りで進んでいく。そういう姿にあこがれる日もあれば、あざ笑う日もある。それこそ中途半端な自分を象徴しているようで、むずがゆい気持ちだ。
寝返りを打つ彼女は、僕がこうして目を覚ましていることを知る由もないのだろう。このひと時は僕だけの宝物だ。ゆっくりと過ぎていく宝物のような時間は、僕を飽きさせない。このまま、横になってしまおうか。ただ寝息だけを聞いていようか。冷たい床と一緒になってしまおうか。今しかできないことを探しに行こうか。
日常から音が削られたように、静かだ。それでも違和感を覚えることはない。これが当然だと思っている。調和を乱すような音は聞こえない。保証されてこそ、僕らの夜は安心できる。
髪をなでて遊んだ。こうしていると、明けない夜がどこかにあるのではないかとも思う。振り子のように考えがゆらゆら揺れて、それでもまだ一五分しか経っていない。
少しだけ早く起きた僕が、彼女を揺り起こす夢を見ている。薄く瞼を開いていると、そこを入り口に現実と虚栄が入れ替わるようだ。果たして起こされるのは僕だろうか。彼女だろうか。
きっとけたたましいかのメロディが何にも勝るのだ。
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