交差点

 僕の部屋が交差点の真ん中に移動していた。部屋ごと、くるりと器用に切り抜いたように、都合よく。部屋の境目は壁の手前と判断されたらしく、壁は四方向ともなくなっている。そのため、飾っていたポスターやカレンダーは、部屋の隅に段ボールにまとめて置いてあった。屋根もなかった。日が真上から差していて、本が焼けてしまわないか心配だった。雨風からしのぐものも何もない。人の目から避けるものも何もない。内臓を晒しているかのように無防備な部屋は、交差点の真ん中で当然のように存在している。

 まず布団で本と紙類を覆った。それが何よりも守りたいもので、誰にも知られたくないものだった。人の目を感じた気がして、何度も周りを見た。ただ僕が彼らを見るのと同時に彼らは目をそらしているようで、彼らが僕の部屋を見ている証拠をつかむことは全くできなかった。交差点を過ぎていく車は器用に僕の部屋を避けていく。誰もクラクションを鳴らさない。誰も僕に関心がないように、関わってはいけないと思っているように、目をそらし続ける。現状を鑑みれば好都合ではあるが、僕には苦痛で仕方なかった。僕がかける迷惑が誰にも触れられずにいることが、むしろ腫れ物扱いされているようで苦しかった。

 隠したいものはすべてだった。ただ、自分のちっぽけな部屋であっても、すべてを守り抜けるほどの容量は僕にはなかった。だから選択しなければならない。大切なものに優先順位をつけなくてはならない。一部さらされることはあきらめた。それらは僕の人生の中で優先順位が低いと切り捨てた。僕はもう、これらに顔向けできない。きっともう、僕が次に必要としたときに手を差し伸べようとも、見向きもされないのだろう。

 誰も僕を見ていなかった。ただ、誰からも見られているような感覚が併存していた。疑心暗鬼で酔った。僕は元いた僕の居場所を探すために、部屋を離れることにした。

 交差点は、僕の家から少し離れたところにあった。財布を持ってくるのを忘れたので、歩いて僕の部屋のあった家に向かった。知りたくない事実ほど知らなければならないのは世の常で、僕は惹かれるように歩みを進めた。

 家は、何も変わりなかった。僕の部屋がごっそりと抜け落ちているはずなのに、何も違和感がなかった。はじめからそうであったように、ごく自然に。家の前で立ち尽くしていると、家族だった人たちが楽しそうに近づいてきた。僕は思わず隠れてしまった。物陰から、彼らの様子をうかがう。そこにはもう、僕の居場所はなかった。僕は僕の部屋に引き返した。僕の大切なものは、僕を守るものは、もうそこにしかないのだ。

 帰り道、誰とも目が合うことはなかった。僕はベッドに突っ伏して眠った。布団は大切なものを隠すために使った。雨風が作り物くさい。

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