頭の中の小人たち

 アイディアを出すことだけは得意だった。たとえ完成させる気力がなかったとしても、豊富にあふれるアイディアが僕の強さで、誰にも描けない世界を生み出し続けられることがアイデンティティだ。

 人生のすべてを懸けても形にしきれないほどに、体の底から湧いてでる。書きたいものに困ることはない。やりたいことに事欠くことはない。こと創作において、続きに困ることは一度もなかった。この悩みは誰にも共感できず、ぽつぽつと降ってくるアイディアを書き留めているだけでよかった。

 しかし、ある小人が去っていった夜からだ。そんな状態が、ただ一晩をまたいだ後に何もかも失われてしまっていた。スランプとも何か違う。ぱたりと、脳が入れ替わってしまったかのように、全く何も、思い浮かばなくなった。新しいものを作る気力も、その続きも、僕の中からは出てこなくなった。泉が枯れてしまったかのように、絞り出せるものも何もなかった。僕の中からは何もかもが失われてしまったのだ。

 その原因について、僕はあの夜に見た小人が影響していると考えている。深夜三時ごろ、ふと目を覚ました僕は、僕の頭の中から列をなして去っていく小人の集団を見た。思えば、人間などに面白い何かを考える力が備わっていると考えるのが間違いだったのだ。きっと、僕の頭から去っていった小人の集団が、僕の代わりにアイディアを紡いでいたのだろう。彼らが去って行ってしまったがために、僕は何も考えられなくなったのだ。

 こう考える根拠は、何も一晩の夢うつつのためではない。ある漫画家のアシスタントをしていた時に、僕は同じ現象を目撃したのだ。徹夜続きの夜、漫画家先生は仕事場で半ば気絶するように眠ってしまっていた。僕は黙々と作業を続けていたが、ふと影がよぎるのを感じた。机に突っ伏す漫画家先生の向こう側に、小人の影が見えた。彼らは徒党を組んで闊歩している。次の旅に出るように、またどこかへと去っていったのだ。

 途端に落ち目はやってきた。人気は急降下し、連載もすぐに打ち切りになった。漫画家先生の今は全く知らない。

 その出来事をきっかけに、僕は僕たちの頭の中に巣くう小人たちがアイディアの源泉なのだと確信した。

 誰かほかに気づいている人はいるだろうか、まだあったことはない。ただ、きっと僕と同じように、誰にも知られまいと、自分だけの秘密にしようと隠し通しているに違いないのだ。かの小人たちは大切な資源だ。有限のリソースだ。僕は僕がまたもう一度アイデンティティを取り戻すために、かの小人たちを捕まえる手はずを練っている。アイディアは何も思い浮かばない。ただこの長い偽スランプを脱するための最優先事項として、僕は彼らを手に入れなくてはならないのだ。

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