長い道のり
いつからだったかは記憶にない。しかし堅牢な城壁に包まれて然るべき夢というものは、いつからか、確かな現実味を帯びて眼前に広がるようになった。口にした果実は芳醇な香りを口腔内に残し、閉じ込めようとしても鼻腔から抜け出ていく。皮膚を柔く刺す寒々とした空気は、目を覚ましてなお表面にこびりついている。誰かに受けた言われない言葉は、ずっと僕の心にとどまっている。薬を飲んでも治らない病に対しては、付き合い方をうまく考えていくことでしか対処できない。
僕はずっと、悪夢を見ないようにしていた。日常生活でストレスをためないよう、アンガーマネジメントには気を付けていたし、寝る前のひと時は可能な限りリラックスして過ごせるようにした。遅くまでバイトすることも、遊びに出ることもない。酒も無理には飲まなかった。それでも、いつまでも逃れ続けることはできない。気づけば僕は、薄暗い通路にいて、後ろから何かが迫ってくる感覚に襲われている。僕はその何かを恐れ、夢の奥底へと逃げていく。
苦しいことがあったときに見る夢はいつも同じだった。ただ自分の姿がかろうじて見えるような通路を歩いている夢。走りたくても走れず、後ろから迫る何かの感覚が心を逸らせるのだ。逃げていくというよりも、沈んでいくような感覚。深い海の底に飲まれていくような感覚。この夢を繰り返すたびに、僕が起きるために必要なエネルギーは増えているように思う。
それでも、悪夢に捕まるのは怖かった。現実味のある夢が、いつ僕を食べつくしてしまうかもわからなかった。壁を伝って、貫くような冷たさをこらえながら、僕は夢の深いところを覗いている。
やがて、だだっ広い、けれど真っ暗な空間に出た。ここがゴールとは思わない。ここを目的地とはしない。ただこれ以降、いくら歩いても、前に進んでいる実感が持てなくなった。やがて僕は、歩くことをやめてしまった。
立ち止まると、僕と暗闇を隔てるものは何もなくなった。これ幸いとばかりにまとわりついてくる。今までずっと拒んでいたけれど、思いのほかに心地いい。身を任せることが正しさと、都合のいい辞書には書いてあった。僕は体を持つことを放棄した。はたして放棄された体が、実際の僕のものであるのかも保証できない。
僕は、どこまでが僕かわからなくなった。どこからが夢かわからなくなった。ここに僕がいるのかもわからない。どこにも誰もいないようで、誰もが僕を覗いているようだ。
また、とぼとぼと歩き出した。急かす声は僕に敵意を向けている。僕はずっと、ここにいたいのだ。
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