スノードロップ
花を届けてほしい。そんな注文があったので、私は船をこいでいた。お客は本土から少し離れた小島を受け取り場所に指定した。あらぬ噂が聞かれるところ。私の身の安全も危ぶまれる可能性はあったが、何分大口の注文だったので、身を挺して、私は客先に出向いた。
船には注文された花をたくさん積んでいる。蜜と花びらの匂いが充満した舟。天国の匂いはこのようなものかと錯覚する。船頭を雇いたかったが、誰も島に寄りつこうとはしなかった。そのため、ただ舟だけ借りて、私一人で海を渡っている。
そう遠い距離ではなかった。だから私一人でもなんとかたどり着くことができた。帰りの心配もしなくてはならなかったが、身の安全を案じるのは昔から苦手だった。舟は半ば漂着するように島にたどり着いた。島には砂で作ったような家々が並んでいる。誰かがこちらを覗いているように感じられた。考え出すと幻ほど容量を占めるものもないので、花を携えて舟を逃げぬよう陸に上げた。
迎えの男が来ていた。僕は彼に金銭と引き換えに花を渡す。彼は風体に似合わず、本数を律義に数え、まとまった本数ごとにまとめた。作業が終わるのを待つ。
「なぜ、このように花を、とはお聞きにならないんですか?
不意に男が口を開いた。私は虚を突かれ取り乱しながらも、客商売の体裁を保つ。
「お客様にもいろいろ事情がおありでしょうから。語りたくない方に語らせるのは寝付きの悪いものです」
男は、小さく笑ったように見えた。
「では、ぜひお目にかけたいものがあります」
私は男に連れられて砂の城の奥へと連れられた。物陰に小人たちが隠れた。気にならないわけではなかった。ただこの先へ進むと引き返せないような予感もあった。
人が集まっていた。十人ほど。僕でも知っているような、名だたる人物ばかり。花は彼らの輪の中に運ばれていく。彼らは、浮足立った歓声を上げ、僕の売った花を迎え入れた。僕はもう、ぼうとしていることしかできなかった。
主催者らしき男が、白い粉と金粉を花にまぶす。集まった人々は、順に並んで花をひと房、受け取った。
一人が、翼を震わせて飛び立った。また一人、また一人と続いていった。彼らは続々と鳥になって、空に飛び立っていく。花を受け取った人から順番に、体を捨てて空を仰いでいく。
権力や名声によって知られた人々は、誰も残らなかった。みな花を受け取り、飛び立っていく。後に残されるのは、主催者と思しき男と、荷受けの男、そして、何もわからない僕だけだ。助けをもとめる視線も、誰も受け止めようとはしなかった。
太陽に重なった鳥が、パンとはじけた。空のある境界線をまたいだ瞬間、誰もが霧のようにはじけて消えていった。
「まだ、許されないらしい」
荷受けの男はつぶやいた。「まだ、春は来ないらしい」主催者の男は続けた。
鳥だった、人間だった塵が、雪のように空を舞った。
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