高官
また、一人いわれのない罪で処罰された。彼は、この国で多大な権力を持つ高官の気分を害したのだ。処罰された男に落ち度は一つもなかった。彼が犯してしまったのは、その高官の意見を「肯定してしまった」というただその一点のみである。
某国の政府高官は、イエスマンを何よりも嫌悪していた。自身の物言いに対して肯定的な意見を述べる者や、彼の振る舞いを持ち上げるような振る舞いをする者がいれば、容赦なく糾弾し、遠田舎に飛ばした。高官は、その出世の過程の中で、彼の機嫌をうかがい、歯の浮くような物言いばかりする人間に多く触れすぎた。結果、彼は誰の肯定も信じられなくなった。そのため、彼の行いを正直に否定し、逆らう者こそが正しく信じられるものと確信し、周りに敵ばかりを置きたがった。
周りの人々は当然に、高官の態度を訝しんだ。ただ、徐々に肯定する者が裁かれ、否定する者が重用されるとわかると、奇異なものだとあざけりながらも、恐る恐る否定を繰り返し始めた。時には彼の人格を否定するような物言いもしたが、誰も裁かれることはなかった。むしろ、より強く否定した時ほど、高官は満足げにするのだ。誰もが彼には被虐趣味があるのだと陰口をたたいた。
否定的な者ばかりを高官はそばに置いた。彼の一挙手一投足、なにか行うたびに都度否定的な言葉に打ちのめされる。そのような意見ほど、高官は重視し、自身の振る舞いを改めた。投げやりな、半ばいちゃもんに近いような意見であっても、彼は満足げに、受け止める。側近たちは次第にエスカレートし、暴力的になっていった。それでも高官が態度を改めることはなく、側近同士の諍いも絶えなくなった。高官以下の者たちで奪い合い、騙し合い、殺し合うような日々が続いた。高官は、意に介す様子もない。ただ彼を認める者は誰もいなくなったし、彼の政治を支持する者も誰もいなかった。国の制度に不満を持つ者ばかりが国中にひしめいて、国家の体裁を保つことすらも難しくなっていた。
ある夜、高官は死体で発見された。その体には無数の刺し傷があり、深い恨み憎悪が込められていることは誰の目にも明らかだった。犯人に名乗りを挙げたのは、大多数だ。死んだ高官を見た誰もが、彼の生を否定するために、通りすがりにナイフを刺した。次の高官の座に就きたがる人間は誰もいなかった。ただ皆が互いに蹴落とすことばかりを考えて、お互いに否定を繰り返した。
のちの研究で、高官の死因は自殺であることが分かっている。人が生きていくには、生きていく理由を肯定されなければならない。生き続けてもいい実感がなければ、やがては我を忘れてしまう。高官とて、ただ否定しかされない状態に耐えきれなかったのだろう。否定にまみれてしまった国家は、今はもう歴史の藻屑となった。
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