4月

 長き放浪の末に、私はついにその扉の前にたどり着いた。さび付いた、誰に見向きもされない扉。しかしそれこそが、僕が求めてやまないものだ。頼りない姿でありながら、どこか強さを持ち合わせているようで、関心が吸い込まれていくのを感じる。誰のものでもない秘密を、僕は手にしたかった。

 のどは乾き、足は棒で、もう他の何かを求める余裕は残されていない。これからどこかに向かうことなんてできないし、ここから一歩だって歩ける状態ではない。僕の終着点はこの扉だ。この扉が僕の人生の答えで、これまでのすべての答え合わせが行われる。この扉の向こうに行くことで、きっとすべてが変わると確信している。

 これからあたらしい何かを始めるような力は、残されていない。この扉にすがるしかないのだ。その向こうに、未来があることを期待するほかない。

 懸命に手を伸ばす。ノブをつかみ、その向こうを見ようとする。もれ出る光を夢見て、最後の力を振り絞る。しかし、届かない。扉は塵一つ分も動こうとはしない。成就を目の前にして、視界が真っ暗になる。幸福が漏れてとめどないはずの扉は、固く口を閉ざして、僕を冷たく拒む。時に思わせぶりな態度で翻弄する。僕をもてあそんで楽しんでいるのか、そう思えて、それでも僕にはこの扉しかなかった。

 いつもそんな人生だった。誰を責めるでもない。すべての責任は僕にある。ひとえに僕の怠慢と、自身を空費する愚かさが故だ。この世のすべてに価値がつく。見合うだけの取引が行われて、釣り合いのとれた世界が築きあげられていく。僕がその価値に見合うだけの存在でなかっただけ。やさしさには対価を支払わなければならない。やさしくされるだけの理由がなければ、何も成り立たない。

 僕は誰か、やさしくできただろうか。彼の望むものの一つでもかなえられただろうか。短い人生の中で、少しでもマイナスを取り除けただろうか。解は明確には現れない。等式の片割れはいつもおぼろげだ。

 この扉ならば、僕を受け入れてくれると信じていた。きっとどこかに、見向きもされない朽ちた扉ならばあるいは、と。

 いま、扉は僕を見下ろしている。憐れむようでいて、きっと僕に関心などないのだろう。関心を持たれるには、それだけの理由が必要だ。物理に支配されたこの世界では、天秤が振れるだけの重さがなければならないのだ。

 扉の脚をかりかりと爪で掻いた。鉄さびがはがれて僕の爪に食い込んだ。どこか安心した、束の間。すぐにむなしさに襲われて、僕は自己嫌悪に陥った。この扉に期待するのは間違いだ。彼はもう、ここにはいないのだろう。

 風が流れる。私が力尽きたのち、扉は静かに、倒れた。

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