ロマンチストあえない
劣等感のごまかし方を、学校の授業は教えてくれなかった。その癖に、生徒たちを等間隔に並べたがる。隣に並べられたクラスメイトの姿は、僕にとって大きな物差しで、自分の小ささを思い知るための装置に過ぎなかった。
彼は僕にないものをすべて持っていた。僕が敵う要素など一つもなく、ただ縮こまっていることしかできない。彼が輝けば輝くほどに、自分が惨めになる。合計はゼロに収束するとどこかで聞いた。幸福であったり、運であったり、才能であったり。だのに僕にはプラスが見つからない。何に挑戦しても、得意といえることは見つからなかった。
半ばあきらめたように過ごしていた。ペンをくるくるとまわして授業も聞こえてこない。ふと手を滑らせて、ペンを取り落としてしまった。頭の中が瞬時に情報で埋め尽くされてパンク寸前になる。手を伸ばしても届かない位置。先生の声とチョークの擦れる音だけが響く教室の中、物が落ちる音は、皆の注目を否応にも集めてしまうだろう。
もはや念じることしかできなかった。ただ、念じることで、少し変化が起きた。
取り落としたペンは、不自然にふわっと、宙に浮いて、また僕の机の上に戻ってきた。明らかに、僕の知らない動き。慌てて周りを見回すも、この動きの変化を見た人は誰もいないようだった。僕ははやる気持ちを抑えられずにいた。ようやく、僕だけにしかない、「プラス」を見つけたかもしれない。
その後、現象に関する文献をひたすら漁った。インターネットで調べても、胡散臭い情報しか出てこなかった。彼らは偽物だ。しかし僕は違う。きっとこれこそが、僕が人生を懸けてモノにするべき宿命と悟った。
何度も再現した。授業中にわざとペンを落とした。注意力散漫のレッテルが貼られた。構うことはなかった。手の中で確かに光り始めた灯火さえあれば、怖いものは何もない。
勉強をやめなかった。大学では物理を専攻した。あの日起きた奇跡を自分のものにするために、努力を惜しまなかった。
副産物として様々な成果が上がった。皆はそれを讃えるけれど、僕には嫌味にしか聞こえない。僕が手にした唯一の光は、まだ輝き始めていないのだ。まだ、まだ。僕の人生は、まだプラスになっていない。追い続けるほどに現実が迫ってきて、うなされる夜が増えた。ただ、あの日の一つの輝きだけで、僕は生きていける。
ずっと、心の奥底に眠っている、小さな教室の劣等感は、いつまでも消えることはない。残り時間も少なくなっている。人生をプラスで終えるためには、必ず形にしなければならない。
研究を続ける。探求を続ける。それでも、いつまでも、夜が明けることはない。
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