隣人たち②(終)

 ある男。彼もまた、部隊の一人に選ばれた。今は没落したが元は貴族の家系だった彼は、使い捨てのコマとして部隊に組み込まれた。彼は自身の命の軽さを疎ましく思っていたが、貴族たちに命の手綱を握られている感覚があって、命じられた責務に抗うことはできなかった。

 そのような背景を持った人々が、合計十二名。使うはずのなかった兵器遺物を手に、車に揺られていく。異次元への穴を目の前にしたとき、臆する者もあったが、続々と飲み込まれていった。ある者は信じがたい様子で。ある者は投げやりな様子で。彼らに課せられたのは、異次元世界の資源の略奪と制圧。その目的をまじめに捉えている者は、一人もいない。

 部隊は無駄話を繰り返しながら、異次元世界を進んでいく。雄大な自然に、皆が浮足立っている。気持ちが浮ついて、身に着けている武器が軽くおもちゃのように思えてくる。ただすぐに景色も見慣れる。自分たちの世界とのギャップに、おぞましさに似た何かを感じる。

 普段から虐げられている彼らは、原住民に遭遇した時、攻撃的になった。日頃の憂さ晴らしをするように、兵器遺物をふるった。自分たちより「下」と決めつけ、倫理感をマヒさせた。それは貴族たちの意図した振る舞いだった。彼らは彼らの赴くままに、原住民を毒牙にかけた。

 ある男。彼だけは事態を静観していた。彼は貴族たちの思惑通りにはなりたくなかった。夢中になる部隊のほかのメンバーには、誰の行いも目に付いていない。それが彼の静止に拍車をかけていた。彼のみ、木陰から戦争を見守っていた。

 原住民はただ迫害されるわけもなく、次第に抗う手が増していった。部隊からも脱落者がでる。それでも、物を見ることができなくなった彼らに手を止める術はない。気づけば誰もいなくなっていた。あちらも、こちらも。ただそこらが赤く染まって、兵器遺物が転がっている。

 完了したようだと。ある男は見切りをつけた。「仲間」の塊には目をくれることなく、元来た世界への入り口へと歩みを進める。兵器遺物は必要ないだろう、そう考えて路傍に捨てた。行きよりも景色が鮮明に焼き付く。目はきれいなところを自然に探す。

 異次元の境目をくぐる。入り口の先にも、また雄大な自然が広がっていた。町並みはどこにもなかった。何度くぐりなおそうと、「元々あった世界」が戻ることはない。遠く、兵器遺物が朽ちていくのが見える。「仲間」たちはもうどこにもなかった。

 見覚えのある地形が、あちらとこちらの双方にある。時間の差はあれど、共通点を見出すのは容易い。彼はようやく理解する。あざけり、体に穴が開いたような虚無感。

 ただ彼は、貴族たちに報いがあれば、それでよかった。

 ある男は、最後に見る景色はあちら側にしようと決めて歩き出した。

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