隣人たち①
A市の路地裏で四角い穴が見つかったのは、ひと月ほど前のことだ。裏口を思わせるような人間一人に適した穴は、ぽかりと宙に浮かんでいた。何に支えられるでもなく、この世の物理に反して存在し、悪びれる様子もなかった。発見後、すぐさま周囲からの退去令が出され、周辺住民は瞬く間に住処を追い出されることとなった。
異世界への入り口だとある学者は言った。試しにボールを放り込んでみると、ぽんと、向こう側で弾む音がした。時折、鳥の鳴くような声も聞こえてくる。国の調査は幾重に重ねられ、少しずつ向こう側の姿も見えるようになってきた。
ある時の調査では、自立式のカメラが送り込まれた。異世界にわたる瞬間は映像に乱れはあったものの、その後は鮮明な映像が返された。たとえ世界を分とうとも、電波のやりとりには支障ないようだ。うつる大自然ときれいな海に、貴族たちは歓喜した。
その景色が、かつてのこの国のようだった。戦争前の美しい自然。今や、残された写真でしか見ることのできなくなった景色。誰もがその姿を切望し、目覚めた時の暗雲たる空に絶望した。貴族たちは、この穴の先を超機密事項とした。独占しようという気持ちはなきにしもあらず。ただ、この秘密が明るみに出れば、めぐってまた大きな暴動が起きることは明白だった。一部の研究者と貴族たちの間でのみ共有され、調査が進められた。
異次元への穴に関して、国民へは危険な世界の滅びの兆候とのプロパガンダが飛ばされた。陰謀論を唱えるものも多くなかったが、また失われる悲劇をみな恐れ、危うきに近づこうとは思わなかった。
思惑通りに国民の目をそらし、ひそかに異次元へと通ずる穴は実験台とされ続けた。
そしてついに、初めて「人」が入り口をくぐることとなる。機械だけでは不十分な調査の実施。もちろん相応の安全性は担保されていたが、使い捨てのニュアンスが含まれていたことも事実だ。四人のメンバーが集められ、入り口へと送り込まれた。
目的は、調査。ただ、入り口の向こう側の世界の純粋な関心ゆえではなく、有り余る資源の確認のための視察だ。あるいは、こちら側の人間が異次元世界に移住できるかを確かめるための試験。結果は上々。異次元世界の文明レベルはこちら側の世界とは比べ物にならないほどに低く、手つかずの資源がありふれていた。先住民は猿の様態をしたものしかおらず、一方的に制圧することが可能と判断された。
急く判断はとめどなかった。貴族たちは、自身の目で、体で向こう側の世界を一刻も早く感じたかったのだ。調査も不十分なままに、異次元世界の制圧のための部隊が編成された。
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