穴倉

 気づけば、狭くて暗い穴倉にいた。ほとんど光が見えず、広さもわからない。ただ、体を動かすこともできぬほどに狭い。身体の小さな動きでもすぐに壁にぶつかってしまって、自由が全くないことを思い知らされる。立ちっぱなしでないことが唯一救いだった。体を丸め、少しでも世界が遮られていることを見ないようにする。

 穴倉には、私以外にもう一人いた。彼の姿を見ることはできないけれど、息遣いが存在を示している。少し手を伸ばせば触れる位置にいて、彼もまた目を覚ましているようだった。静かな息遣いが、暗い穴倉に響く。敵意は感じない。悪意は感じない。震える呼吸が、ただ私の耳を満たしている。

 なぜ穴倉にいるのかはわからない。いつからこの場所にいるのか、誰に連れられたのか、私の過失なのか、夢の中にいるのか。ただ唯一確信できるのは、目の前にいる彼のせいではないことだ。息遣いが、すべてを示している。目が見えないからこそ、音と匂いがすべてだ。私は彼を信じることにした。行く先も見えない穴倉の中で、孤独になるほうが問題だ。

 彼も怯えている。彼とて私の正体がわからず、不安なのだろう。私は彼の手を握った。ごつごつとした手。冷たい手。大きな手。つながる手から、彼の姿が見えてくる。事態はいつまでも好転しない。この先、二度と好転することはないだろう。緩やかな確信。このまま、老いるように死んでいく。不思議と恐れはなかった。暗くて静かな穴倉だからこそ、事態を静観できた。あがけるほどの隙間はないことは、もう確かめたとおりだ。二人だけの世界。彼が手を握り返してくる。私は、そっと彼に目を向けた。

 私は、私のことしか知ることができない。

 彼は、彼のことしか知ることができない。

 だから私は彼を、私と同じような人間だと思っていて、彼は私を、彼と同じ怪物だと思っているのだろう。それでいい。そのままでいい。暗闇の中、ほんの少し目を凝らせば、私たちは真実と向き合うことができる。けれど互いに、そうしようとはしない。それは、私が彼と一緒でありたいと願っていて、彼もまたそう思っているからだ。

 二人、手をつないでいれば、それで幸せ。不都合な現実など見なくてもいい。彼と一緒であるという事実が、この狭くて暗い、息苦しい洞窟の中では、何よりも重要なことなのだ。

 日が落ちた。朝が来た。夜になった。また朝になった。いつまでも世界は変わらないままだ。この狭い穴倉も、いつまでも同じ景色。ただ、向かいにいる彼の存在だけで、まだ、生きていようと思える。

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