軒下の世界
小学生のころ、マンションの軒下に、誰にも話していない僕だけの世界があった。茂みに隠されていて外側からは見えず、ちょうど柱の陰にもあたるところで目立たない。お母さんも近所の人も、誰もその場所をしらない。僕はそこにこっそりと通っては、どこかで見つけてきたかっこいい石やかわいらしいコケを植えて、自分だけの世界を作っていた。
友達はいなかった。クラスメイトに話しかけられても、うまく言葉を返せなかった。自意識過剰な僕は、自分の言葉の影響を過大に受け止めすぎていた。失敗することに敏感だった。だから誰にも対しても奥手で、誰とも打ち解けることはできなかった。
ただ、それでも僕の世界があれば十分だった。僕の不満足はその楽園で過ごす時間の中で満たされる。たとえ独りぼっちでも、孤独は感じずに済んでいた。
とある日、転校生がやってくる。可憐な少女で、僕にも明朗に話しかけてくれる子だった。単純な僕はすぐに恋に落ちて、何をするにも彼女のことが脳裏をよぎるようになった。転校生は人気者だ。僕が付け入る隙間などなく、付け入る度胸もない。僕が彼女の気を引くことができるものは、手持ちの何をあたっても当てはまらない。出来合いの感情は、教室の片隅でくすぶらせて終わるだけの恋になるはずだった。
帰り道、偶然に彼女を見かけた。家の方向が同じだったらしい。彼女はちょうど友人と別れたところで、一人きりだった。僕を見つけるなり、クラスで同じ顔を見たことに気づいた様子。突然の遭遇に僕は心の準備をする暇もない。しどろもどろになりながらも笑顔を取り繕う。彼女は僕の名前を思い出し、駆け寄ってきた。
今からどうするのか、と聞かれた気がする。あいまいな記憶の断片をかき集めても、この時の会話を全く再現できない。ただ一つ、後に残る事実としてあるのが、僕がこの時、僕にとっての楽園を彼女にあけっぴろげにしたことである。今も悔いている。ただ、会話への供物に困った僕は、つい、僕だけのものだった世界を壇上にあげてしまった。彼女へと差し出した。彼女がどう反応したか覚えていない。ただ僕の世界に別人が触れた感覚の気持ち悪さだけが手先に残っている。
以降、僕だけの遊び場は、クラスメイトの男子たちに土足で踏み荒らされることとなった。僕が積み上げてきた拠り所も、気づけばなくなっていた。
人に好意を寄せて自分をさらけ出すことは、むき出しの自我を外気にさらすことだ。大切にしているものを、無防備な状態にすることだ。この時の僕は、そのことを全く理解していなかった。だから、自分を支える大切な柱を、無下に扱ってしまったのだ。
その後の彼女の顛末は何も覚えていない。僕にはもう、どうでもいいことだ。ただ好きになったことは、ずっと後悔している。
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