不死の研究

 失敗。これで何度目だろうか。何十、何百。幾度積み重ねようと、結実の足音はいつまでも聞こえてこない。私の歳ももう80を超えてしまった。寿命は間もなく尽きるだろう。たとえ間に合ったとしても、もう手遅れだ。皆は無駄なあがきだと、私をあざ笑う。持たざる者が持つ者に抗える術は何もない。きっと、これから先も私と同じ人間は現れないだろう。遺伝子がそのように決めたのだ。この研究は誰にも引き継がれず、陽の目を見ぬまま消えていく。それでも私が研究をやめない理由はどこにあるのだろうか。羨みだろうか。妬みだろうか。負の感情だけで、ここまで続けられることもないだろう。

 研究を支援するのは、憐れみをもった人々だ。私の行く先の暗さに同情し、「最後の夢」を見せようとしている。彼らに憂いはないのだろう。不安はないのだろう。同じ歩幅で歩けているうちは、間違っていないと過信できる。彼らは実に幸せそうだ。はたから見ていれば、間抜けな姿。私はその間抜けになりたい。

 ただ、皆と同じ景色が見たいのだ。皆が先へ進むなら、私も同じ景色を共有したい。特別でなくていい。誰かに何も秀でなくていい。皆が当たり前と唱えることを、当たり前にしたいのだ。この先、一人取り残されて置いていかれてしまうことが、私には不安で仕方ない。

 ある日を境に、人は死ななくなった。老いなくなった。死が奪われて以来、身の危険を案じることはダサいことだ。それ以前が夢の中に取り残されていく。当たり前が瞬く間に塗り替えられていく。ただ歴史を振り返れば、人が死ぬのは自然の摂理だ。誰も彼もが最後は死にゆく。私が唯一落ち着ける場だ。私だけが取り残されてしまった。私だけが、不老不死になれなかった。私だけが変わり続け、皆が私を置き去りにしていく。

 だから、どんな手を使っても追いすがろうとしたのだ。客寄せパンダの役目も喜んで引きうけた。変わりゆく自分が嫌いで仕方なかった。皆と同じ目線で話せないことがつらくて仕方なかった。なぜ私だけが先に死ななくてはならないのか。この先死ぬのは、私一人だ。人類最後の死者として語り継がれるのは御免だ。私が選ばれぬものだと蔑む者もいた。実に愚かしい。それでも彼らになれぬ私よりはましなのかもしれない。

 いつも失敗し続けている。無駄なあがきを続けている。人が当たり前に手にするものを得るために、私はその何十倍もの努力をしなければならない。ともなれば、人生の中で見える範囲も狭くなるだろう。彼らは私の何倍もの時間を生きていく。今この瞬間にあがく私の魂など、彼らの人生のさしたる比重にはならないだろう。

 私だけが、先を知らずに死んでいく。私だけが、世界を知らずに死んでしまう。私だけが。

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