僕を見守るナイトメア
僕の背後にはナイトメアがいる。彼は僕が何かをするたびに、左手に持ったクリップボードに向けて、何かを書き込んでいる。僕がその中身を知ることはできない。何度のぞき込もうとしても、必ず僕の背後から動かない。僕が彼を知ることができるのは、気配と肩越しにかすかに見える姿の切れ端だけだ。
ナイトメアは鏡に映らない。僕以外の誰にも見えない。だから僕が誰に助けを求めようとも、きっと誰も本気にはしないだろう。僕はナイトメアに一人で立ち向かわなければいけない。また、ボールペンの走る音。紙に擦れて引っかかる音。無言の圧力は、僕の耳元で響き続ける。しくじってはならない。そんな感覚だけが、ずっと僕の中にはある。
僕に失敗は許されなかった。何かポカをやらかすたびに、背後で走り書く音が聞こえる。あと何度この音を聞けるのかもわからない。漠然とした予感が、僕の一挙手一投足を支配している。
ナイトメアと対決しようとしたことは何度もあった。しかしどのような手段も彼を殺すには足りなかった。僕の後ろから排除することはどうしてもできない。彼には実体がないのだ。壁に埋めてしまおうにも、気づけばひゅるりと僕の後ろにいる。そしてくすくすと、無駄にあがく僕をあざけるように笑う。姿が見えず、音だけ、息遣いだけが聞こえるというのも、首筋をなめられているような不快感がある。実際、時折背の皮をゆっくりと剥がされているような痛みに襲われることがある。その痛みは薄皮一枚を挟んだ僕の内側に傷をつけ、外の誰からも見えないのだろう。
それがナイトメアの思惑だ。彼はきっと、僕を壊そうとしている。僕が抗えない中で、憔悴し、音を上げるのを待っている。僕をかわいがるようなそぶりを見せながら、内実はもっとおどろおどろしい。
ナイトメアが牛耳る社会の話を、以前聞いたことがある。彼らにとって人間は、自分を表現するためのアクセサリーだ。僕自身が採点されているようでいて、僕はナイトメアの加点要因として扱われているに過ぎない。人間の実情なんて所詮はその程度のものだ。僕はナイトメアの、右手薬指の爪飾りに過ぎないのだ。彼はきっと、僕のことなど意にも止めていないだろう。
彼らはどこから来たのだろうか。人あらざるものであることは確かだ。人間に、このような恐ろしい真似ができるとは信じがたい。はじめ僕の妄想とも思ったが、ナイトメアは外的要因だ。いついかなる時にも、ふと僕の後ろに現れて、耳もとでささやき続けるのだ。きっと、死ぬまで。あるいは、いつか報われるまで。僕はナイトメアとの付き合い方を考え続けなければならない。果たして、限界を迎えるのと、どちらが早いだろうか。
また一つ、擦れるペン先の音が聞こえた。
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