息子たち

 今日は特別な日だ。とっておきのワインを下ろしてきた。一人当たり普段の倍以上の食費をもって、テーブルも不慣れながら飾り付けた。一人一人にちょっとしたプレゼントも用意した。棚の上に忍ばせてある。迎え入れる準備は万全だ。長男からは、間もなく着くとの連絡があった。三男も、あと一駅ほどのようだ。胸がはやる感覚がある。久しくして、うまく話せるだろうか。自然体が何であるかは忘れてしまった。しばらくふるまっていないために、体も覚えていないだろう。はじめは慣らすのに時間がかかるかもしれない。それでも、きっとすぐに距離が縮まるだろう希望的観測。息子たちの成長した姿が見られるのなら、それだけで十分に私は幸せ者だ。

 今日は、都会に出た息子たちが一堂に会する。会うのは、一番直近の四男でも、五年ぶりほどになるだろうか。誰も近況を寄こさないので、どのような仕事をしているかも知らない。関わりの深い方ではなかった私と息子たちの関係を思えば、いたって自然だ。今日は自然に、それらも聞き出せるだろうか。この空いた時間を、埋められるような時間を過ごしたい。そのためにはきっと、私の落ち着いた振る舞いが重要になるだろう。

 吹雪が凍えていた。窓の外はもう暗い。白い雪が今は黒い霧のように見えて、魔女の実験台にされているような感覚。処刑台の上で、調理される瞬間を今か今かと待ちわびている。まな板の上に立った食材たちは、このような気持ちだっただろうか。扉が吹雪く音が人の訪れる音のようで、たびたびぎょっとした。息子たちの影がないことを確認して、少し安堵した。

 食事は冷めてしまった。三〇分もたてば当然だ。用意するのが早すぎたらしい。また温めなおそうか。できれば息子たちが訪れる直前に済ませてしまいたい。息子たちからの続報はない。この吹雪につかまっていないだろうか。雪国を離れた彼らに、ここまでの道程は少し厳しいかもしれない。

 もはや誰もここにたどりつけないだろう、とそんなあきらめがよぎったとき、扉がぎしぎしと開いた。一人、二人、数えると、皆そろって訪れたようだ。姿の変わった息子たちが、扉の枠に囲われてぞろぞろと入ってくる。他人を前にしたような恐ろしさに身を奮い立たせながら、私は可能な限りの笑顔を作る。

「やぁ、久しぶり。元気そうで何よりだ。外は寒いだろう。温かいスープを用意してある。早く中に──」

 腹部に痛みが走った。生温かい血液が流れ出ていた。次男の手に握られているのは刃渡り二〇センチほどのナイフ。どこか見覚えのあるナイフだった。

 おかえり、息子たちよ。

 彼らは、私と目を合わせることなく、順に私にナイフを突き立てた。一刺しされるほどに、私は思い出す。

 私の形に亀裂が入って、合間からどろどろと私が流れ出す。絶対量が減るにつれ、意識が遠のいていく。そうやって彼らは、わたしを孤独に貶めるのだ。かつての私がそうしたように。

 吹雪く風が息子たちを連れ去った。私があらがう余地はなかった。扉がぎぃと閉まった。家の中は、また静かになってしまった。

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