黄金塔より君に告ぐ①

 明日世界が終わると聞いた日の夕方、僕はバイクを走らせた。明日は間もなくだというのに、ひと気はない。みな家でおびえているのだろうか。家族と、残り少ない時間を過ごしているのだろうか。またはそのような戯言と笑い飛ばして、普段通りの夜を過ごすのだろうか。

 街は不自然なくらいに静かだ。心なしか、街灯の明かりからもあきらめを感じた。待たずとも訪れる終わりの瞬間に対して、ちっぽけな僕らができることはあまりにも少ない。この星に住まわせてもらっている以上、この星がなくなってしまえば、もうどうしようもない。僕も運命は致し方ないと受け入れた。終わるのであれば、それまでだ。皆に平等に訪れるのだから不公平もあるまい。ただ、この身が亡びる前に、一か所、どうしても訪れておきたい場所があった。

 バイクを走らせて、六時間ほどだろうか。学生の頃、この国を一周した時にたまたま迷い込んだ集落。それが僕の最後に見たい景色だった。山奥の自然の豊かさだとか、川のせせらぎだとか、そういった魅力のためではない。ただ僕は、その村の異様な風習に惹かれ、世界が終わる日には、必ずそこを訪れようと決めていたのだ。

 バイクの免許を取っていてよかった。交通機関に頼っていては、今日この日に村を訪れることは叶わなかっただろう。高速道路の料金所は機能していなかった。街中を走る車も、この時間にしては少ない。それも好都合だ。見積よりも二時間ほどはやく、僕は村にたどり着いた。

 村は、長く生きたヘビのような山道を抜けた先にある。案山子のほうが人間より多いような小さな山間の集落だ。以前は山道を抜けるころに日が落ちてしまい、途方に暮れていたところを助けてもらった。村人はみな親切で、ムラの共助意識が根強く残る集落だった。

 景色は迷い込んだあの日と変わりない。ぽつぽつと明かりがついていて、人が生きているのが分かった。僕は民家の一つを覗いた。しかし明かりだけで、人はいないようだった。予感はあった。遠く火が、ひとところに集まっている。どうやら村の人たちはみな、一か所に集まっているようだ。

「あぁ、巫女様。次はわたくしをお願いします。あぁ、早く。一思いに、この世あらざるところへお連れくださいませ」

 扉の外まで鉄さびの匂いが漏れていた。鮮血が人間を汚していて、体が拒否反応を示すのを感じる。声の主は、次の瞬間には振り下ろされた鉈によって絶命していた。村人たちは歓喜の声を上げる。万歳する老人もいた。彼らに囲まれて中心に坐するのは、まだ白い部分の残った巫女服だ。彼女は光を失った目で、体温が下がりつつある肉塊を見下ろしている。

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