帰省
久しぶりに実家に帰ると、どこかちぐはぐな感があった。母の声はどこかうわずっているようだったし、妹と目が合うことは終始なかった。噛み合っていないような会話と味の薄いカレイの煮付けを口に運ぶ。すべての音が部屋一つ分ずれているような感覚になる。僕が持ち込んだ荷物だけが、この空間で浮いている。後から張り付けたように、ぽかんと空間で浮かんでいる。
言語も少し変わってしまったようだった。僕の知っているものとはかすかに違う。虫眼鏡で見れば顕著にわかるであろう違いが、どの文字にも表れている。妙に安っぽくて、使っていることが恥であるように感じられた。偽物の言語があるとすれば、きっとこのような形だろう。気が休まる機会はまったくなかった。
家族の皆が寝静まった後に、僕は布団から抜け出した。自分の部屋も、自分の部屋ではないようだ。布団の色は薄いブルーだっただろうか。記憶違いだろうか。ただ、そう言い切ってしまうには余りある違和感が、この家の日常のそこかしこにうずいている。
不信感に耐えられなくなり、僕は部屋の中を探って回る。家族たちは寝息を立てている。僕が起きていることには、きっと誰も気づいていない。それがさらに不気味だ。テレビ、エアコン、扇風機。どれも、自分は何も変わっていないという顔をしている。けれど確かに僕が知っている彼らとは違う。頭がおかしくなってしまったと思われるだろうか。ただ頭がおかしくなってしまったなら、むしろそのほうがいい。
心を寄せていた友人に裏切られたような気分だ。それを認めたくなくて、僕はこの家にあるこの家の跡を探す。どこをひっくり返しても、順番を替えても、片付けてみても。何をしても、等号の右辺と左辺に並び立たない。キッチンの片隅の、壁紙がはがれていた。
剥がすと、張りぼてが覗いた。段ボールより少しマシなくらいの、頼りない張りぼてだった。僕が強く押せば、きっとすぐに壊れてしまうだろう。よくみればシンクもメッキされていた。木の柱は腐っていた。この家は、今だけ急しのぎで飾られているかのように、何もかも偽物だった。
見つけてしまっては、もう目を背けることはできない。これが、役目を果たしたものの末路だ。この張りぼてが、僕にとって過去になってしまった証拠だ。この家を出て、一人で生活するうちに、必要性が薄れてしまったためだ。今だけを取り繕ったこの家は、きっと油断していたのだろう。それを責めることはできない。きっとこの家も、僕がいなくなることを望んでいた。客人をもてなすように、張りぼてで着飾っている。ただ、それが妙にもの悲しく感じてしまうのは、贅沢だろうか。
その家にいる間、僕は決して張りぼてのことを口に出さなかった。剥がした壁紙も元通りに張り付けておいた。見送るときも、どこかぎこちない感があった。変わってしまったのは、僕のほうだったのかもしれない。
これは喜ばしいことでもある。これからどうするかは僕次第だ。
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