棺桶

 間もなく、嵐が来るという話を聞いた。なるほど、確かに空は煩い。十日切れたチーズの色が、こんな風だった。いつもは白々しい雲も、いそいそと雨を降らせる準備を始めている。枯れ枝が力尽きて、与り知らぬところに飛んで行った。きっと彼は、こぎれいな民家の塀にたどり着くだろう。堅牢なそれは、きっとこの風も枯れ枝も、ものともしないはずだ。

 私は焦っていた。私のぼろ家は、風がふぅと吹いただけで、千里先まで飛んでしまう。この嵐から身を守るすべがなければ、痩せ擦り減った私の体もまた、この世ならざるところへ飛ばされてしまう。

 逃れるための居場所が必要だ。頼るべき誰かはあいにく持ち合わせていない。居場所があればいい。一晩の雨風をしのげる場所であれば、それでいいのだ。

 まず、思い当たった土手の橋下へ。ここは水の氾濫をうけても落とせない要塞である。しかし先客がいる。猫の集会が、まさしく開かれている。人間である私の入りこむ隙など、ほんの少しもない。

 次にあたりをつけた、ゴミ収集庫へ。よく見ると道々に等間隔に並んでいるアレだ。ゴミ回収が明日なので、こちらにも先客がいる。中身をすべて出してしまえ。私を折りたためば、何とか一晩はしのげるはずだ。ただ、不安が勝る。明日嵐が過ぎた後、あわせて捨てられてしまうのではないか。きっとゴミ収集庫で眠る私を見つけた隣人は、やれ幸いとばかりに、私を回収に出すだろう。それはならない。

 ほかにあてはない。そうして「何か」を求めてさまよう私がたどり着いたのは、街はずれの墓地だ。死人に嵐は関係ないだろうか。私は落ち葉の積もった地面に爪を立て、がりがりと掘る。土は湿気ていて柔らかい。間もなく枯れ葉色の山ができて、私は目当てのものと対面する。指先に香る土の香りが懐かしい。

 棺桶の蓋は、数本の鉄くぎで止められていた。開けると、中には誰もいなかった。運よく空室があったらしい。私は、この嵐を棺桶の中でやり過ごすことに決め、ふたを閉めた。

 一晩中、唸り声が聞こえていた。それが空のものなのか、隣に眠る死人たちのものなのか。祈るような気持ちも持てず、持て余した指先を組ませて遊んだ。嵐の音は過ぎ去っている。私の体は動かなくなっていた。

 それから、果てしない時間がたった。いつから私は、生きている夢を見ていたのだろうか。こんなにも寝心地の良い場所はほかにない。姿を重ねた枯れ枝は、無事に帰路につけただろうか。

 時折、落ち葉を踏む革靴の音を聞く。

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